2017/03/01

”進駐軍慰安婦”と”パンパン”がいた時代・・・武智鉄二と五島勉による”反米思想”と”民族主義”に貫かれた実話(?)の映画化~「戦後残酷物語」と水野浩著「日本の貞操 外国兵に犯された女性たちの手記」~


”武智鉄二監督”というと・・・まず「白日夢」(1981年公開)が、頭に浮かんでしまいます。公開当時、大島渚監督の「愛のコリーダ」(1976年)に続く”本番映画”(ハードコアポルノ)として大々的に宣伝されたものの作品としての評判は散々で、エロス映画の大御所(?)映画監督による”駄作”という記憶しかありません。

10年ほど前に武智鉄二監督作品の多くがDVD化された際、初めて一連の作品を観る機会があったのですが・・・映画監督としての稚拙さ、民族主義に偏った思想、伝統芸能とエロスの陳腐な融合と、エログロ映画を観尽くしたからこそ堪能できる腐ったチーズのような珍映画監督っぷりに、すっかりボクは魅せられて(?)しまったのです。


「戦後残酷物語」は、1964年版「白日夢」で一世風靡した(?)路加奈子を再び主演に迎えて、武智プロダクションの第一作品として製作された武智鉄二の”映画監督”として(ある意味)脂ののっていた時代の作品であります。

1960年代は、それまでの保守的な既成概念を覆すことが”良し”とされて、革新的な芸術表現ととらえられた”節”があり、エロス映画を「芸術映画=アートフィルム」とする傾向が少なからずあったようです。関西の恵まれた家庭の出身で1940年代~1950年代に「武智歌舞伎」と呼ばれた演出家として知られていた武智鉄二監督ですから、大胆にエロチシズムを描いた作品は(映画としての出来の良し悪しは別に)当時は注目されたとしても不思議ではありません。


小野年子(路加奈子)は、東京の空襲で両親を失い京都の親戚の家に、戦後身を寄せている元(?)お嬢さま・・・闇でストッキングを購入したことで、警察に連行されてしまいます。実は、この警察官は日本人女性を物色していた米兵たちの手先・・・年子は人里離れた山の中へ連れて行かれてしまうのです。何人もの米兵たちに追い回されたあげくに、年子は全裸にされて米兵たちに輪姦されてしまうのです。


年子は京都に居づらくなり、一人東京へ戻ります。仕事を探しの帰り道、年子はMP(ミリタリーポリス)の”狩り込み”に運悪く遭遇、パンパンの疑いをかけられて検挙されてしまいます。この当時、性病感染予防の名目で、検査のために病院へパンパンと疑われた女性たちを連行することが行なわれていたそうです。年子は、疑いは晴れて解放されると思っていたのですが・・・輪姦された時に性病に感染していたらしく、梅毒の陽性であることが判明してしまいます。


主治医の望月先生(剣持伴紀)に、自分はパンパンではないことを訴えるものの、性病治療のために年子はパンパンらと一緒に入院させられてしまうのです。退院後、身寄りもない年子は行き場はありません。そこで、一緒に捕まったパンパンのカズコ(李麗仙)に誘われて、パンパンらと共に青森の三沢基地へ行くことになります。年子らが立ち去った後、病院は大勢の米軍兵たちに襲われて、看護婦だけでなく入院中の患者まで強姦・・・生まれたばかりの新生児は踏みつけられて殺されてしまうのです。


三沢へ行った年子はパンパンたちの身の回りの世話をしているのですが・・・ある時、年子は煙草一箱と引換に、米兵たちに体を奪われてしまいます。「どうせ”ヤラレル”なら金を獲れ!」という先輩パンパンのアドバイス(?)により、年子は”パンパン”として街に立つようになります。ある晩、醜男のエミソン軍曹(トム・ハーバー)と出会い、彼に懇願されて”オンリー”となるのです。”オンリー”というのは俗にいう”愛人契約”で、月々の”お手当”をもらうことを条件に専属となることであります。一方、相手を決めずに客を取るのは”バタフライ”と呼ばれていたようです。


オンリーになったことで、進駐軍の施設に出入りするようになった年子は、そこで若くてハンサムなロジャース大尉(ボブ・ベイン)と知り合います。ロジャース大尉には英語をまったく理解することができないオンリーがいるのですが、そんなことはおかまいなしに年子はロジャース大尉に接近して行くのです。男から男に乗り換えようとする年子の体には、バタフライの影が浮き出たり消えたり・・・なかなか”ベタな”武智演出の技が冴えます。当然のことながら、年子の出現により、英語を話さない人形のようなオンリーの存在は、次第にロジャース大尉にとっても邪魔になってくるのです。


屈辱的な扱いを受けながらも、必死に尽くそうとする貞淑なオンリーを、ロジャース大尉は身ぐるみ奪って家から追い出にかかります。ロジャース大尉が年子と家に戻ると、そこには首を吊ったオンリーの姿が。それを見て「なんてバカな女だ~」だと、大笑いするロジャース大尉・・・まるで戦前の「鬼畜米英」を体現するような米兵の描き方であります。


年子はロジャース大尉のオンリーに成り上がり、自分の家を手にするのです。かつては被害者側だった年子が、あっさりと加害者側の人間になるのには時間はかかりません。ロジャース大尉の上司であるミラー少佐(マイク・ダニン)のために「女狩り」の手引きを、年子自らすすんで行なうようになるのですから・・・。


米の買い出し途中の娘を無理矢理自宅へ連れて帰り、アメリカ兵カップルや年子を含む3組でスワッピングのパーティーに興じます。ロジャース大尉に犯されて泣き叫ぶ娘・・・その姿は、かつて米兵たちに強姦された年子の姿に重なります。ここで流れる音楽がワーグナーの「ワルキューレの騎行」(コッポラ監督の「地獄の黙示録」)なのですから、国家が汚されるかの如くです。娘はロジャース大尉の舌を噛んで反撃・・・ロジャース大尉は絶命して、娘も自らの舌を噛み切って自害してしまうのです。そして、日本地図のように散らばったお米に、徐々に血が広がっていくという”ベタすぎる”武智演出は、逆に”あっぱれ”であります。

ロジャース大尉を失った年子には、かつてのロジャース大尉のオンリーと同じ運命が待ち受けています。ロジャース大尉がミラー少佐からしていた借金の”カタ”に、年子が暮らしていた家はミラー少佐のものとなり、年子は身ぐるみ剥がされて家から追い出されてしまうのです。ロジャース大尉からもらったダイアモンドの指輪まで、ミラー少佐と彼のオンリーに奪われてしまい・・・年子は再び、生きるために街娼として夜の街に立つことになります。


さらに、性病が再び悪化・・・痩せ細った年子の体は20代前半とは思えないほどボロボロです。治療のために行った病院で、望月先生と再会することとなります。病院が米兵に襲われた後、責任を取って東京の病院を去り、三沢の病院へと都落ちしたとのこと・・・やつれきった二人は米兵によって人生を狂わされた同志なのかもしれません。望月先生の身の回りの世話をしてあげたいと願い、性病の治療のために何とか金の工面をしなければならないことを、年子は確信するのです。


そこで・・・年子はミラー少佐と”オンリー”の暮らす家を訪れて、せめてダイヤモンドの指輪だけでも返して欲しいと懇願します。しかし、そんな年子をあざけ笑いながらムチでいたぶる二人に、吹っ切れたように年子は銃を放ってしまいます。当然、米軍の少佐殺しから逃げきれるわけもなく・・・年子は河川敷から入水して自ら命を絶つのです。そこで流れるのが、当時流行っていた反戦フォーク調(?)の「小野年子の唄」という武智鉄二監督自身作詞による”トンデモナイ”歌であります。

「小野年子の唄」作詞:武智鉄二

年子はこうして死んでいった
さぎしろの海の果てに
赤々とのぼる太陽のまたないで
年子はこうして死んでいった
てがらとのたすぐ岸辺
米軍のレーダーは黒く影落とし
年子はこうして死んでいった
今日もまた一番機が
朝空を旅立つであろうベトナムへ
年子はこうして死んでいった
やごうだやま吹雪しきり
風花は堕ちて消えてゆく水面に
年子の一生はこうして終わった
こうして終わった
こうして終わった
(語り)戦争はまだ終わらない



空襲で家族を失わなければ・・・闇でストッキングさえ買わなければ・・・騙されて米兵たちに輪姦されなければ・・・MPの狩り込みに遭遇しなければ・・・性病に罹っていなければ・・・パンパンにならなければ・・・エミソン軍曹からロジャース大尉に乗り換えなければ・・・女狩りの手引きをしなければ・・・ロジャース大尉が死ななければ・・・時には運の悪さ、時には自らの選択によって、人生の階段を堕ちてしまった年子に、観客が同情してしまうかというと、結構ビミョーなところがあるのです。同じく占領軍慰安婦を描いた「肉体の門」や「女の防波堤」には、敗戦後の日本を逞しく生き抜いていく”女性の強さ”を感じさせるところがあるのですが、”カストリ雑誌”的なメロドラマの「戦後残酷物語」は、堕ちていくヒロインをアメリカに日和った”裏切り者”かのように突き放していて・・・敗戦後に日本人男性が感じていた”反米思想”を色濃く感じさせるのであります。


本作の物語は、元々ルポルタージュとして出版された「戦後残酷物語 あなたの知らない時に」の第一部「小野年子の遺書」をベースに、本書に収録されている他のエピソードを加えて脚色したモノです。原作の遺書は、ヒロインの一人称ということもあり、読者の同情心を煽るようなところもあり、映画版ほど反米思想を強く感じさせるわけでもありません。実はこの「戦後残酷物語」・・・1973年のベストセラー「ノストラダムスの大予言」で知られる五島勉氏によって編集されているのです。それ故か(?)原作に書かれている内容の信憑性は疑われ気味・・・さらに、民族主義者で反米思想の持ち主であると知られている武智鉄二が監督したこともあり、本作は事実を歪めた”反米映画”というレッテルを貼られることになってしまします。


1963年に出版された五島勉氏編集の「戦後残酷物語」ですが、これには”元”になった別の書籍が存在するのです。GHQの占領下が終わって間もない1953年に出版された「日本の貞操 外国兵に犯された女性たちの手記」という本で、出版当時は「日本の貞操」という言葉が流行語のようになるほど、ベストセラーとなったそうです。帯には「新映プロ映画化」と謳われていたり、平塚らいてう、神近市子、久布白落実、などの女性運動家に加えて、野間宏や安部公房などの著名作家からも推薦されていることから、出版当時は”まともな”書籍として世間で受け止められていたことが伺えます。

「日本の貞操」の第一部に「死に臨んで訴える」というタイトルで、小野年子(仮名)の遺書という形で収録されているのですが、この”小野年子”という女性が実在したのか定かではありません。「日本の貞操」は、米兵とパンパンの通訳として働いていた”水野浩”氏によって取材され、まとめられたとしているのですが・・・この”水野浩”という人物自体、実在したか疑問視するところもあるのです。

「日本の貞操」は、1982年に「死んで臨んでうったえる<空洞の戦後叢書1>」として復刻されたのですが、その際に出版社が著作権の確認のために”水野浩”なる人物を捜索したものの見つけることが出来ず、結局無断で再出版となったといわれています。また、”水野浩”という名前で出版されている書籍は、たったの「日本の貞操」一冊のみ・・・本書で書かれているエピソートの真偽は別として、この”水野浩”という人物はそもそも存在せず、偽名、もしくは、ペンネームとして複数の人物が本書には関わっていたのかもしれないと推測できてしまうのです。


「小野年子の遺書」以外の「戦後残酷物語」に収録されているエピソードは、1953年に五島勉氏がルポライターとして関わった初めて編集者として関わった書籍である「続・日本の貞操」に収められていたものです。この「続」も、空洞の戦後叢書として「黒い春ー米軍・パンパン・女たちの戦後」と改題されて1985年に復刻されています。「続」は「日本の貞操」がベストセラーになったことを受けて、急いで出版されたようで・・・五島氏自身が取材したのではなく、基地の女性たちをはじめ、一般市民、新聞記者、公務員、学生、基地労働者、金融業者、売春業者、米国兵、国連兵などから集めた”資料”の提供を受けて、書かれたものだと序文にあります。

「日本の貞操」や「続・日本の貞操」のエピソードを、フィクションと決めつける意見もあるようですが・・・このような事実がなかったという証拠もありません。ただ、両書籍に共通しているのは、米兵が行なった日本人への侮辱的な行為を語り継ごうとする強い思いと、明らかな”反米思想”のメッセージなのであります。このような歴史解釈の”焼き直し”は、韓国の慰安婦問題と似通ったところがあるのかもしれません。


降伏宣言から僅か3日後から計画が始まり、1945年8月26日には日本政府は特殊慰安施設協会「RAA」を、売春業者側と政府側から5千万円づつ出資して設立するのですが・・・「RAA =Recreation and Amusement Association/余暇娯楽協会」とは名ばかりで、実態は進駐軍専用の「国営売春所」だったのであります。日本各地(大森海岸、向島、若林、銀座、赤羽、福生、調布、立川、三鷹、熱海、箱根、大阪、名古屋、広島、静岡、兵庫、山形、秋田、岩手など)に設置されたRAAには、日本人女性の貞操を守るための”肉体の防波堤”として数万人の女性が雇われたそうで、戦争未亡人や空襲で両親を失った婦女子が多くいたといわれています。

「慰安婦」または「接待婦」とも呼ばれることが多かったようですが・・・戦前教育で「お国のために犠牲になること」を美徳して生きてきた世代ということもあり「特別挺身隊員」という肩書きを信じて疑わなかった者もいたそうです。一日に大勢(多い日は70人も?)の客の相手をしなければならなかったという記録も残されており、今の風俗嬢と比べても相当ハードだったと思われます。当時の金額で月に5万円(現在の貨幣価値で2000万円ぐらい?)稼ぐ女性もいたとも言われていますが・・・精神を病む者や自殺する者が後を絶たなかったらしく、多くの女性が人生を狂わされてしまったことは事実のようです。


”RAA”は広く国民に知られていたわけではなかったらしく・・・敗戦の時に20歳だったボクの母に尋ねても、存在自体まったく知らなかったとのこと。1946年秋頃、母は九州の疎開地から東京近郊へ戻ってきたのですが、翌年には生活のために新橋にあった楽譜出版社で校正の仕事をしながら、藤原歌劇団に入団してオペラ歌手として日比谷公会堂などの公演の舞台に立っていたそうです。当時の新橋や日比谷界隈には”パンパン”が多くいたと言われていますが、”パンパン”の姿を見たことはなかったと母は言います。また、斎藤秀雄氏(後に桐朋学園学長)が指導していた女性コーラスグループに参加して、立川米軍基地内にあった教会で毎週日曜日に賛美歌を歌っていたそうなのですが、礼拝に参加していた米兵は紳士的な人ばかりで、母によると「米兵が女性を襲う」なんてことは考えもしなかったそうです。敗戦後の日本の記憶というのは、その人の生活圏によって大きく変わるということかもしれません。

RAAの「日本女性の純潔を守る」という役割は、結果的には失敗(?)します。開設から僅か7ヶ月後の1946年3月26日には、特殊慰安施設は”表向き”閉鎖となるのですから・・・(ただし、実際に協会がなくなったのは3年後)。公式な閉鎖理由は、アメリカの婦人団体の反対運動があったからと言われていますが、RAA設置後も米兵による性犯罪が減らなかったことと、GHQ軍医から米兵への性病感染の懸念などもあったようです。

RAA閉鎖後、慰安婦として働いていた女性は、風俗嬢として赤線(日本人相手の売春)で働き続けた者もいたそうですが、職場を失って街頭に立つ”パンパン”となった者も多くいたようです。性病対策のため、MP(ミリタリーポリス)主導で”狩り込み”と呼ばれた検挙を抜き打ちで行なわれることもたびたびあり、通行人だった一般女性が無差別に病院へ連行されて、膣検査を強制されたということも起こったことといわれています。


当初は生活苦からパンパンになる女性が多かったようですが、次第に復興されていくと、ある程度の英会話ができて、生活水準を上げたいという向上心の強い女性も、パンパンになることもあったそうです。また、自由恋愛の対象として米兵と出会おうとする女性も現れるようになり、パンパンたちとの縄張り争いも起こったといわれています。歴史として振り返る時・・・生きるために仕方なくパンパンになるしかない”可哀想な女性”というステレオタイプで考えがちですが・・・実際には、生活苦からよりも贅沢欲からパンパンになった女性も、結構いたということなのかもしれません。

しかし敗戦から年月が経つと、次第にパンパンという存在は世間的には蔑まれ恥ずべき存在となっていきます。それでも、パンパン以外に生きる術のなかった女性たちの中には、朝鮮戦争勃発後に朝鮮半島へ連れて行かれて、在韓米軍の慰安婦となった者もいたそうです。当然ながら・・・韓国人女性も慰安婦に志願したと思われますが、朝鮮戦争中の慰安婦問題というのは、韓国で論じられることってあるのでしょうか?


日本人女性が米兵と結婚できるようになるのは、1947年に日本人戦争花嫁法が制定後のことですが、多くの戦争花嫁が渡米するようになったのは朝鮮戦争勃発後のようです。ただ、戦争花嫁=元パンパンという偏見は長い間拭われることなく・・・戦争花嫁という響きには、どこかしら侮蔑的なニュアンスが1970年代頃までは残っていた気がします。

進駐軍慰安婦については、語る人の立場によって「反米」になったり、「反日」になったり、「女性」問題になったりするのです。誰が加害者で誰が被害者なのかさえ、見方によっては変わってしまうし・・・何が正しいかったのかという答えもありません。”いま”の倫理的な尺度で、過去の責任問題を検証したところで、時間を巻き戻して”やりなおし”ができない以上・・・それぞれの立場で自らを戒めるしかないのです。

**********

武智鉄二監督フィルモグラフィー
(*印はDVDリリース、○印はVHSビデオのみリリース)

1963「日本の夜 女・女・女物語」(ドキュメンタリー)*
1964「白日夢」*
1964「紅閨夢」*
1964「黒い雪」*
1966「源氏物語」*
1966「幻日」
1968「戦後残酷物語」*
1968「浮世絵残酷物語」*
1973「スキャンダル夫人」
1981「白日夢」*
1982「白夜夢 第2話」(ビデオ作品)○
1983「花魁」*
1984「高野聖」○
1984「日劇ミュージックホール(復刻集)能艶SAMBA奏」(ビデオ作品)○
1987「白日夢2」*
1987「人喰い 安達原奇談」(ビデオ作品)○

**********

「戦後残酷物語」
1968年/日本
監督&脚本: 武智鉄二
出演   : 路加奈子、紅千登世、有沢正子、小畑通子、剣持伴紀、月まち子、李麗仙、八木千枝、ポップ・ペイン、マイク・ダニン、トム・ハーバー
1968年2月10日劇場公開



人気ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へblogram投票ボタン

2017/02/16

”コレジャナイ”感しかない「キング・オブ・カルトムービー」のリメイク・・・シャドウキャスト公演の”お約束”だけを拝借~「ロッキー・ホラー・ショー:レッツ・ドゥ・ザ・タイムワープ・アゲイン(原題)/The Rocky Horror Picture Show : Let's Do the Time Wrap Again 」〜


映画作品の”リメイク”というのは、昔から行なわれていたこと。”リメイク”されるということは、元となる作品に人気があるからですが、オリジナルを超えることは稀です。ドラマをミュージカル化するとか、時代設定を現代にするとか、オリジナルとは”別物”としてリメイクされれば、新たな作品として成功することもあるのですが「何故リメイクするの?」という作品もよくあったりします。


「ロッキー・ホラー・ショー」は、カルト映画の中でも有名な作品のひとつ。ロンドン舞台版のキャストをそのまま起用して、1975年に映画化されましたが、公開時はそれほどヒットしなかったそうです。その後、ニューヨークやロサンジェルスのミッドナイト上映で人気を博して「カルトムービー」を代表する作品となります。映画上映中にお約束のツッコミを入れたり、画面の中に登場するモノ(お米、新聞紙、ライター、紙吹雪など)を使用したりするのは、今でいう”応援上映”(?)のルーツと言えるのかもしれません。また、キャラクターと同じ”コスプレ”をして、スクリーンの前で映像と同時進行で演じる”シャドウキャスト”は、初公開から40年以上経った今でも世界各国で行なわれています。


「ザ・ロッキー・ホラー・ピクチャー・ショー:レッツ・ドゥ・ザ・タイムワープ・アゲイン(原題)/ The Rocky Horror Picture Show : Let's Do the Time Wrap Again 」は、アメリカのFOXテレビにて放映されたテレビ映画で、監督を務めたのは元々振り付け師のケニー・オルテガ・・・ドキュメンタリー映画「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」の監督を務めたことで知られていますが、ライブコンサートの演出家としてはさておき、映画監督としては「どうなの?」という人”では”あります。

オリジナル版の「ロッキー・ホラー・ショー」は、フランクン・フルター博士を演じたティム・カリーの出世作です。スパンコールのコルセットとガーターベルトに厚底のハイヒール、毒々しい化粧の女装姿は、一度観たら忘れられない強烈なインパクトです。リメイク版では、このフランクン・フルター博士役を「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」に出演しているトランスジェンダー(性転換手術済み)でアフリカ系のラヴァーン・コックスが演じています。



フランクン・フルター博士は、女装趣味のある(マッチョ好きでかなりゲイ寄りの)バイセクシャルの男性という設定で、良くも悪くも悪趣味気味で男性と分かる程度のクオリティの低い(?)女装ということろが愛すべきポイントだと(ボク個人的には)思うのですが、本作でフランクン・フルター博士を演じるラヴァーン・コックスは、豊満な胸の谷間をもつ「女性」・・・声の低さや体格の大きさから「元・男性」であることは分かりますが、アフリカ系の男女の外見的な性差が他の人種と比較して少なめ(?)ということもあり、女装趣味の男性というよりも大柄な女性に見えてしまうかもしれません。

フランクン・フルター博士を演じる俳優が「”白人=アングロサクソン系”でならなければならない」とは思いません。ただ、博士が理想の男性とする人造人間のロッキーは、歌詞にもあるように”ブロンドで日焼けしたマッチョマン”なのですから、違和感が全くないかというとビミョーなところであります。さらに、リフ・ラフ(リーブ・カーニー/アングロサクソン系)の”妹”であるマジェンタは、ヒスパニック系のクリスティーナ・ミリアン・・・エディ(アダム・ランバート/アングロサクソン系&ユダヤ系)の叔父であるスコット博士は、アフリカ系ベン・ヴァリーンによって演じられているのです。”ポリティカリー・コレクトネス”の観点では、演じる俳優の人種と役柄の設定は”無関係”とするべきなのかもしれませんが、シャドウキャスト公演、または、舞台ならまだしも、テレビ映画のような映像作品の場合、少々無茶な印象はあるのです。


「ロッキー・ホラー・ショー」は、1930年代から1950年代のサイエンス・フィクション、モンスター、ミュージカルに数々のオマージュを捧げています。しかし、今の視聴者には、それらの”元ネタ”には馴染みがないかもしれません。リメイク版のオープニング曲(Rocky Horror Picture Show Science Fiction Double Feture)では、シャドウキャスト公演や舞台版と同様に”案内嬢”(アイビー・レバン)が登場・・・歌詞にでてくる映画のポスター(「キングコング」「地球が静止した日」「透明人間」「禁断の惑星」など)が壁に貼られており、親切な(?)説明となっています。


「タイムワープ」で登場する”トランスベニアン”たちは、オリジナル版では”奇人変人”としかいいようのない摩訶不思議なキャスティング(デブ、ノッポ、チビ、老人など)と、お揃いの黒い燕尾服姿により(良い意味で)時代性を意識させませんでした。しかし、リメイク版では衣装と振り付けが今風(?)に変更されています。また「タイムワープ」の直後、フルター博士の登場シーンに於いては、オリジナル版はエレベーターを巧みに使うことにより、その姿の異様さの”サプライズ”を演出がされていたのですが、リメイク版ではフルター博士は撮影用(?)クレーンに乗ってゆっくりと現れる上に、その後ろの壁にはフルター博士の肖像画が飾られているために”サプライズ”もありません。


エキスパート(犯罪学者)が物語を解説するという”メタ構造”をもっている「ロッキー・ホラー・ショー」・・・リメイク版では本編を映画館の観客が観ているという、さらなる”メタ構造”となっているのです。2012年に脳梗塞により車椅子生活で言語障害を抱えている御年70歳のティム・カリーが、物語をナレーションするエキスパート役で起用されているのは胸がいっぱいになります。ティム・カリーがエキパート役でスクリーンに登場するやいなや、大騒ぎになる画面の中にいる映画館の観客たちは、本作をテレビで観ている視聴者と同じ立場(オリジナル版を知っていてリメイク版を観ている)ということになるわけであります。カルト映画であることが”前提”でのリメイク版で、オリジナル版”ありき”の”メタ構造”というわけです。


アメリカ絵画の「アメリカンゴシック」、B級のSF映画で知られていた「RKOピクチャー映画会社シンボルタワー」、トランスベニア星人としてマジェンタが登場するときの髪型の「フランケンシュタインの花嫁」、など、オリジナル版で随所に散りばめられていたオマージュの数々は、リメイク版では何故かスルー(?)という矛盾・・・逆(?)に、フルター博士がゴム手袋を引っ張るとか、スコット博士がいきなりカメラに向かって話しかけるとか、些細なギャグはしっかりと踏襲されていたりして、オリジナルへのリスペクト度合いが少々不可解。なんだかんだで、カルト映画の”お約束”だけを拝借している印象になってしまうのです。


古くは1980年の映画「フェーム」から近年では「Glee」のセカンドシーズンでフィーチャーされて、新たな世代にも浸透している「ロッキー・ホラー・ショー」をリメイクするというのは、いくらテレビ映画といえ”コレジャナイ”感しかない無謀なチャレンジではあります。セットや美術などにはオリジナル版よりもプロダクションの規模も大きくなっていますし、出演しているキャストたちも良い仕事をしていると思うのですが・・・ケニー・オルテガ監督によるリメイク版は、まったくの”別物”として突き抜けているわけでもなく、といって・・・オリジナル版への愛に満ち溢れているようにも特に感じられません。

「キング・オブ・カルトムービー」を甦えらせるのであれば、オリジナル版に忠実なシャドウキャストのライブの方が、(今までに、そのようなスペシャル番組はありましたが)素直に”リスペクト”が感じられたのではなかったでしょうか?


「ザ・ロッキー・ホラー・ピクチャー・ショー:レッツ・ドゥ・ザ・タイムワープ・アゲイン(原題)」
原題/ The Rocky Horror Picture Show : Let's Do the Time Wrap Again 
2016年/アメリカ
監督 : ケニー・オルテガ
出演 : ラヴァーン・コックス、ヴィクトリア・ジャスティス、ライアン・マッカータン、アナリー・アッシュフォード、アダム・ランバート、リーブ・カーニー、クリスティーナ・ミリアン、アイビー・レバン、スタッズ・ナール、ベン・ヴァリーン、ジェーン・イーストウッド、ティム・カリー
2016年10月20日アメリカFOXテレビにて放映
日本未公開

人気ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へblogram投票ボタン

2017/01/19

エディナとパッツィーの”ひとでなし”っぷりが相変わらずの映画版「アブ・ファブ」・・・ラフトラック(Laugh track=録音笑い)はブラックな笑いには不可欠かも?~「アブソリュートリー・ファビュラス・ザ・ムービー(原題)/Absolutely Fabulous the Movie」~


1992年からイギリスBBCで放映された「アブソリュートリー・ファビュラス/Absolutely Fabulous 」(通称:アブ・ファブ/Ab Fab)は、2000年代初めにも日本でもレンタルショップから火がついたシットコム/Sitcom(コメディドラマ)であります。主人公のエディナ(ジェニファー・サンダース)がプレス・エージェント、エディナの親友パッツィー(ジョアンナ・ラムリー)がファッション誌のディレクターという設定ということもあり、特にファッション業界人の中では大変人気があったのです。



そもそも「アブ・ファブ」は、コメディアン兼コメディライターのコンビであるジェニファー・サンダースとドーン・フレンチの「フレンチ・アンド・サンダース/French and Sanders」というコメディ番組が元ネタ・・・キャラの濃い”あるある”ネタや、映画のパロディで知られる本番組のシーズン3(1990年放映)エピソード6の「モダン・マザー・アンド・ドーター/Modern Mother and Daughter」というスケッチで演じられたキャラクターから派生しています。


ファッション・ヴィクティム(すでに死語?)で自己チューな母親エディナと、保守的で極々フツーなティーンエイジャーの娘サフロンの対比が、当時は「モダン=今どき」の”あるある”ネタであったのかもしれません。「アブ・ファブ」の主人公エディナ・モンスーンは、常にダイエットに励んでいるキャラクターという設定なので・・・シリーズ化となる際、ジェニファー・サンダースより太っているドーン・フレンチが娘役であるよりも、より普通っぽいジュリア・サワラの方が適役と判断されたようであります。

さらに、エディナに輪を掛けてぶっ飛んでるアル中でドラッグ中毒(?)の親友パッツィーが加わったことで、大ヒットに繋がったのではないでしょうか?放映開始時のジェニファー・サンダースは若干34歳(年齢設定は40代!)で、娘役のジュリア・サワラは24歳・・・エディナと同世代という設定のパッツィーを演じていたジョアンナ・ラムリーの実年齢は、なんと46歳です。


ジョアンナ・ラムリーは、元モデル(ジーン・ミュアのハウスモデルを務めたこともある)で、「女王陛下の007」(1969年)でボンドガールを務めたセクシー系女優・・・「アー・ユー・ビーイング・サーブド?/Are You Being Aerved?」で、コメディ演技にも開眼(?)、1970年代~80年代は主にイギリスのテレビで活躍します。「アブ・ファブ」で世界的に大ブレーク後は、映画にも活躍の場を広げて”コメディ”演技に磨きが勝かかったようです。また、ネパールの「グルカ兵正義キャンペーン」や先住民族をサポートする「サバイバル・インターナショナル」など、さまざまな人権運動の活動家としても知られています。

1992年から1995年から(1993年には制作されず)の3シーズンの後、2001年に第4シーズン、2004年に第5シーズン、1996年から2012年の間にもスペシャル版が制作されるなど、息の長~いイギリスのコメディシリーズです。そして2016年、満を持して(?)映画化となったわけなのであります!

ファーストシーズンから約25年経った今でも、主人公を演じている二人の印象が殆ど変わらないということが一番の驚きです。相変わらずスレンダーな体型のジョアンナ・ラムリーは、現在、御年70歳!!!・・・ジェニファー・サンダース(50代後半の)との年齢差を感じさせません。


さて、本作「アブソリュートリー・ファビュラス・ザ・ムービー(原題)」は、良くも悪くもテレビシリーズの延長上です。ファッション界で働く(?)女性二人の主人公のコメディではありますが、いわゆる”キューティー映画”とは違います。イギリスの伝統(?)でもあるブラックな笑いのコメディで、日本のコメディにありがちの「実はいい人」とか「エンディングに感動」というウェットな”落としどころ”はありません。一歩間違えば人権を侵害しかねないようなギリギリのユーモア/ギャグ炸裂して放置・・・と、結構、辛口/毒舌でもあるのです。

映画版では全体的にゴージャスな作りとなっているのですが・・・テレビのスペシャル版でもお馴染みの海外ロケ(本作では南仏地方)、ファッションジャーナリストのスーザン・マンキーズ、ミック・ジャガー元妻で元モデルのビアンカ・ジャガー、イギリスの女装コメディアンのデーム・エドナ・エヴェレイジ、ファッションデザイナーのステラ.マッカートニーとジャン=ポール・ゴルティエ、アメリカ女優ジョーン・コリンズなどファッション業界やエンターテイメント界からのカメオ出演、そして、さまざまな映画へのオマージュなども”みどころ”ということになります。


スーパーモデルのケイト・モス(ケイト・モス自身が出演!)が、新しいプレスを探しているという情報を得たエディナが、ファッション界のパーティーに乱入して、誤ってケイトを川に突き落としてしまい、フランスへ逃亡するというドタバタ劇というのが、本作のプロットなのでありますが・・・エディナとパッツィーの”ひとでなし”(?)っぷりは相変わらずです。オリジナルシリーズ放映当時は、イギリスらしい境界線ギリギリのブラックな笑いが、まさに”ツボ”だったわけですが・・・いろんな意味で、世情が変化した”今”改めて観てみると、ちょっと笑えないような気がしてしまうのはボクだけでしょうか?

エディナやパッツィーの行動や発言は、ぶっ壊すべき”ダサい”保守”が大きな存在感のあった時代だからこそ、笑いとして受け入れられたような気がするのです。単純な”保守”と”革新”という区分けは難しい”今”の時代に於いて、”ポリティカリー・コレクトネス”に欠けた笑いは、面白がってしまうことに対して、どこかしら居心地の悪さを感じさせてしまうのかもしれません。パッツィーが男装して世界で一番金持ちの未亡人を遺産目当てで誘惑して、結婚するという「お熱いのがお好き」の逆張りのドタバタを繰り広げるのが本作の山場なのですが・・・あまりにも短絡的な詐欺行為(?)に、正直いって爆笑とはならないのです。


テレビシリーズと映画版の大きな違いが、ラフトラック(Laugh track=録音笑い)の存在・・・シットコム黎明期から使われてきたラフトラックは、視聴者の笑いを促す”呼び水”として有効な方法であります。「アブ・ファブ」のテレビシリーズでもラフトラックが使われており、眉をひそめるようなブラックな笑いも、ついつい釣られて苦笑い・・・なんてことも多々あったのです。ところが映画版にはラフトラックはありません。そのため、ブラックな笑いが、少々”空回り”気味になってしまった気がします。

と言いつつも・・・オリジナルのテレビシリーズからの往年のファンにとっては、ずっと変わらないエディナ・モンスーンとパッツィー・ストーンに会えることは”喜び”以外何物ではないのであります。


「アブソリュートリー・ファビュラス・ザ・ムービー(原題)」
原題/Absolutely Fabulous the Movie
2016年/イギリス
監督 : マンディー・フィッチャー
脚本 : ジェニファー・サンダース
出演 : ジェニファー・サンダース、ジョアンナ・ラムリー、ジュリア・サワラ、ジェーン・ホロックス、ジューン・ウィットフィールド、ケイト・モス
日本未公開

人気ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へblogram投票ボタン

2016/12/02

「アメリカンギニーピッグ」シリーズの2作目は”会心の一作”!?・・・観るに耐えない医療系拷問と鬼レベルにトラウマなラブシーン~「アメリカンギニーピッグ ブラッドショック!!/American Guinea Pig : Bloodshock」~


以前、このブログで書いた「ギニーピッグ」シリーズのアメリカ版スピンオフ「アメリカンギニーピッグ~血と臓物の花束~/American Guinea Pig : Bouquet of Guts and Gore(めのおかし参照)から約一年・・・2作目となる「アメリカンギニーピッグ ブラッドショック!!/American Guinea Pig : Bloodshock」のDVD/Blu-rayがリリースされました。

本作の舞台となっているのは、基本的に監禁されている部屋と手術部屋のみ・・・実際に撮影が行なわれたのは、「アメリカンギニーピッグ」シリーズのエグゼプティブ・プロデューサー(本作では脚本も担当)であるステファン・バイロ氏が以前レンタルビデオ屋を経営していたビルの隣にあった廃屋の医療施設(現在はリノベーションされて住居になっている)で、わざわざセットを組んだのは拘束部屋”だけ”だったそうです。極めて低予算であったことが伺えます。


壁にクッションが貼られた小さな拘束部屋に閉じ込められている中年男(ダン・エリス)・・・マッドドクター(アルベルト・ジョヴァネッリ)から、繰り返し繰り返し医療器具で拷問を受けています。何も説明なしに監禁されているという「ソウ」シリーズではお馴染みのソリッド・シチュエーション・スリラー仕立てといったところで、淡々と行なわれる拷問が描かれるのです。

アシスタントの男に顔を殴られる、話せないように舌先を切断される、股間や膝をハンマーで殴られる、ペンチで歯を抜かれるなどなど、中年男性は顔を歪めて苦痛に耐えて続けます。極めつけは、糸のこで骨を切断されて骨を延長する器具を取り付ける手術・・・どう考えても、これほどの手術に何らかの薬なしに痛みに耐えることはアリエナイので、何らかの麻酔(麻薬?)などを投与されているのかもしれません。


ゴア描写を”売り”にするならば、リアルな血や肌の色を見せつけるべきなのかもしれませんが、本作の大半が白黒の映像ということもあり、残虐性は控えめになっています。また、繰り返し切ったり縫い合わせられる手術部分をクロースアップで撮影しているので、慣れてしまえば(?)少々退屈な映像に感じるかもしれません。もしも、これらのシーンがフルカラーの映像だったならば、皮膚と筋肉のシリコン模型のプヨプヨ感が”ニセモノ”っぽく見えるてしまったかもしれないし、エンディングシーンのインパクトを際立たせる意味では、効果的であるとは言えます。

ここからエンディングのネタバレを含みます。


中年男が監禁されている部屋の壁から、メモ書きが差し込まれ始めます。隙間から見える手から若い女(リリアン・マッケニ)らしく・・・彼女は紙と鉛筆を所持することが許されているようなのです。映画の中盤になると、今まで中年男のみだった視点から、この女性の視点からも描かれていきます。

どうやら、彼女の方が先に監禁/拷問されているらしく・・・既に骨延長器具などが体に取り付けられており、常に朦朧とした状態の中、中年男と同じように繰り返し体を切られては縫い合わされるという拷問的な手術を施されているようなのです。監視のアシスタントに見つからないように、メモの読後には食べてしまうことをしながら、次第に短いメモ書きを通じて、中年男と若い女はコミュニケーションを深めていき、次第にお互いを特別な存在として感じ始めていきます。


前作の「アメリカン・ギニーピッグ~血と臓物の花束~」は、単に人体分解の即物的なトーチャーポルノでしたが・・・本作の主人公の中年男と若い女を演じているダン・エリスとリリアン・マッケニーは台詞らしい台詞がないにも関わらず、精神的にも肉体的にも極限まで追い詰められた状態を、表情や目の動きで見事に演じきっており、映画作品として作られていることが明らかです。

遂に、若い女は反撃にでて、マッドドクターらにメスを突き刺します。中年男のいる監禁部屋へ行って一緒に逃亡するのかと思いきや・・・二人は監禁部屋の中で抱き合い、お互いの傷を愛撫し始めるのです。徐々に抱擁はエスカレートして、お互いの傷口を広げて、舐め合ったり、傷口を広げたりして、ドンドン血だらけになっていきます。


白黒だった画面は、徐々にカラーに変化していき・・・血だらけで内蔵を引き抜き合って息絶えていく二人を姿を、まるで「ラブシーン」のように映し出すのです。繰り返し行なわれた拷問によって人格を失っていたかのような二人が、共有した苦痛の中で目覚めた愛情表現は、お互いを死へ導くことだったということなのでしょうか?あまりにも究極の状況なので、理解不可能な行為ではありますが・・・。

脚本を担当したステファン・バイロ曰く、本作は「ラブスートリー」ということですが・・・拷問する”さま”を映画にするは”サディスト”的な嗜好であると同時に、自らも拷問を受けたいという”マゾキスト”的な願望もあるのかもしれません。あの「ネクロマンティック」のエンディングで、死体愛好者の男が、自分の腹にナイフを刺しながらマスターベーションをすることによって得られる”死に際の恍惚感”に繋がっていくのです。

中年男と若い女の死後、相変わらずマッドドクターは犠牲者を監禁して拷問をしています。ここで本編は終わるのですが・・・エンディングタイトルをバックに、中年男と若い女の監禁される前の様子が描かれます。どうやら、彼らはそれぞれ自分の家族を惨殺した殺人者であり、その罪の償いとして拷問されても仕方なかった・・・という”オチ”のようなのです。”設定”も”オチ”も、結局「ソウ」シリーズと同じというところは”イマサラ感”が拭えません。

何かとツッコミどころのある作品ではありますが・・・「ギニーピッグ」のタイトルに相応しいトラウマを残す作品ではあります。シリーズ2作目となる本作「アメリカンギニーピッグ ブラッドショック!!」は、今後の「アメリカンギニーピッグ」の布石となる”会心の一作”となるかもしれません。


「アメリカンギニーピッグ ブラッドショック!!」
原題/American Guinea Pig : Bloodshock
2015年/アメリカ
監督 : マーカス・コーチ
脚本 : ステファン・バイロ
出演 : ダン・エリス、リリアン・マッケニー、アルベルト・ジョヴァネッリ
日本劇場未公開
2017年1月7日DVDリリース


人気ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へblogram投票ボタン