2011/04/30

やっと日本公開、TVゲームさながらの”おバカ映画”・・・実は「OTAKU=COOL」な世界観の男の子の成長物語~スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団~


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「スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団」は、アメリカでの興業が振るわず日本公開が危ぶまれていていましたが、やっと日本公開であります!

原作は、日本のコミックに影響を受けたアメリカンコミック・・・ハチャメチャ世界観のいわゆる”おバカ映画”となっています。主人公スコット・ピルグラムが一目惚れしたラモーナには、邪悪な元カレが7人もいて、その全員を倒さなければ彼女とは付き合えないというのであります。それも元カレ軍団は、皆スーパーヒーロみたいな超能力者たちというアリエナイ設定。でも、主人公のスコットも何故か格闘ゲームのキャラクターのように、メッチャ強いし、不死身だったりするので、何の問題なく元カレ軍団と戦っていけるのです。つべこべ言わずに独特の世界観を楽しむべき・・・いろんなパロディ要素や引用部分は分かっていれば、より一層楽しめるというノリだったりします。ただ「キック・アス」的なオタク”萌え”を期待すると・・・ちょっと違うかもしれません。

ストーリー自体は、ベタな男の子の成長物語・・・主人公が好きな女の子のために男として、自分自身のこと知って、相手の気持ちも理解出来るようになるという、よくある話なのではあります。原題は「Scott Pligrim vs. the World」でありま・・・日本タイトルのような「邪悪な元カレ軍団」に立ち向かうということが「主題」というよりも「the World/世界」と向かい合っていく話であることは明らかなのですが・・・。

スコット・ピルグリム(マイケル・セラ)は、まるで絵に描いたようなウジウジした優柔不断な気弱男子「WIMPY(ウィンピー)」ですが、実はバンドをやっているかなりクールな22歳の男子・・・実際のところルックスほど「GEEK(ギーク)」でも「NERD(ナード)」というわけでもありません。元彼女は人気バンドのリードシンガーだし、ストーカーのような女子には追いかけられているし、17歳の中国系女子高校生に惚れられているし、実はかなりのモテ男なんです。そのあたりが、物語としての説得力が欠けるというか・・・共感しにくいということはあるかもしれません。それにスコットを好きな女の子たちを、あっさりと振ってしまって「めでたし、めでたし」というのも、なんとなく釈然としなかったりします。

本作では当たり前のように、スコットのゲイのルームメイトのウォレス(マコーレー・カルキンの弟のキーラン・カルキン演じる!)が登場します。スコットの妹のボーイフレンドはウォレスに誘惑されてゲイに寝返っちゃうし、スコットとシェアしているベット(!)には代わる代わる違うボーイフレンドが泊まりにくるし、なんともあっけらかんとしています。ゲイキャラクター自体が特別な存在でもなく、ましてや「オネェ系」の道化的な笑いのために存在しているわけでもありません。また、ゲイについて何か考察するような映画でもない・・・こういう自然な描写や存在が、スコット・ピルグラムの漫画的世界にあって、妙なリアリティを醸し出していたりするのです。

スコットが組んでいるバンドが「SEX BOB-OMB」という日本語だと「セックスばくだ~ん」みたいなベタなネーミングのバンドなのですが・・・このバンドのリードシンガー/スティーヴン役のマーク・ウィバーの頭が悪そうでとぼけた雰囲気が、結構ボク個人には”ツボ”でした。まぁ、犬面で髭がタイプという単なるボクのシュミなのですが。
舞台がカナダのトロントということで、どことなくボクが美術大学に通っていたメイン州ポートランドを思い起こさせました。今から30年近く前の話ですが・・・ボクの同級生や当時のポートランドにいた若者たちも、スコットを取り巻く若者のように、どこかしら「サブカルの空気感」を漂わせていることが”クール”なことでありました。時代が変わり、”オタク/OTAKU”と呼ばれるようになっても、アメリカのこの世代(20歳前後)の”クール感”というのは、30年前とそれほど変化していないのかもしれない・・・なんてボクに思わせてくれたのでした。

スコット・ピルグリム VS 邪悪な元カレ軍団
原題/Scott Pligrim vs. the World
2010年/アメリカ
監督 : エドガー・ライト
原作 : ブライアン・リー・オマリー
出演 : マイケル・セラ、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、キーラン・カルキン、マーク・ウェバー、アリソン・ピル、齋藤慶太、斉藤祥太


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2011/04/25

主人公の決断がスゴ過ぎる実話の映画化・・・事実の重みを身にしみて感じてしまう~「127時間」~


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ここのところ「めのおかしブログ」は映画の話ばかり・・・実はそれにはある理由があるのです。毎年アカデミー賞発表後に、ノミネートされていた作品がDVD(ブルーレイ)化されて続々発売されるという傾向があります。そこでボクは毎年3月頃に、まとめてアメリカやイギリスのアマゾンから、DVDを買うことが多いのです。特に日本でまだ公開されていない作品、または公開予定のない作品を購入します。今年は震災、入院と、妙にバタバタしてしまったため、実際に商品が届き始めたのは4月初めあたりから。それを今になって、ひとつひとつ観ているので、今月は映画の話ばかりになっているという次第なのです。

さて「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイル監督の「127時間」は、登山家アーロン・ラルストンの実体験を元にしたノンフィクションを映画化した作品で、2010年度のアカデミー作品賞にもノミネートされていました。岩に腕を挟まれた状態で127時間(5日間以上!)も断崖の隙間で身動き出来ない状態から生還したという実話なのですが・・・主人公がずっと挟まれたままという、映画という「絵」になりにくい設定だと、まず思いました。

ワン・シチュエーション・スリラー的な映画というのは、低予算でアイディア次第で面白い映画になる可能性もあるのですが、画面上に動きがないので、飽きてしまうなんてこともあったりするものです。去年公開された「リミット」(原題/Buried)は棺に入れられて地中に埋められた主人公だけしか出てこない映画で、カメラは基本的にずっと棺の中・・・埋められているる息詰まった状態をそのまま表現しているということではあるのでしょうが、あまりにも視点が狭過ぎて飽きてしまうという欠点がありました。もしかすると「127時間」も、似たような映画なんではないかと危惧したのです。

「スラムドッグ$ミリオネア」は、MTVのプロモーションビデオのようなスラム街での躍動感溢れる映像が特に印象的でした。動きのなさそうな本作をダニー・ボイル監督がどのように撮っているんだろうと期待しました。主人公演じるジェームス・フランコは、映画の全編出ずっぱりということになるわけですが・・・このジェームス・フランコというのが、ボクに言わせればハリウッド男優のなかでも「チャーミング担当」というタイプの役者さんという位置づけ。彼の出演作品で一番知られているのは「スパイダーマン」シリーズでしょう。「ミルク」での恋人役の方がゲイの人にはお馴染みかもしれません。アメリカのどこにでもいそうなイケメン(実際にいるかどうかは別として、いそうな雰囲気!)で、チャーミングであることがお仕事みたいな俳優・・・っていうと失礼でしょうか?今年2月末のアカデミー賞授賞式の進行役にアン・ハサウェイと選ばれたようですが・・・残念ながらチャーミングさだけでは式典には乗り切れなかったようで、随分とブーイングされてしまったみたいです。

今回の軽薄で不注意(!)な登山家役は、ある意味ジェームス・フランコにピッタリ・・・誰にも行き先も告げずに身動きが取れなくなるという、ちょっと”おバカ”っぷりにも妙に納得出来てしまうところがあったりします。クロースアップやフラッシュバックなどで映像のリズムが良くて息が詰まるような閉塞感は薄め・・・またジェームス・フランコの軽いノリもあって深刻な気分にもなりません。とは言っても状況はかなり緊迫していて、時間の経過とともに衰退していきます。

どのようにして身動き出来ない状態から、彼が脱出したのかを知らずに観ることをお奨めしたい映画です。ボクは元になった実話をすでに知っていたので、結末がどうなるか分かってみてしまったのを悔やんでいます。エンドタイトルは「ご本人」が画面に登場するので、この映画で描かれていることが本当に実話であることを観客に知らしめることとなります。

事実の「重み」というのは重いものなんだと身にしみて感じずにはいられません。

「127時間」
原題/127 hours
2010年/アメリカ、イギリス
監督 : ダニー・ボイル
脚本 : ダニー・ボイル、サイモン・ビューフォイ
原作 : アーロン・ラルストン
出演 : ジェームス・フランコ


2011年6月18日より全国ロードショー

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2011/04/20

公開延期になってしまいました・・・母親の究極の選択を中国現代史で綴った涙の大河ドラマ!~「唐山大地震ー想い続けた32年ー」~


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3月11日の東北関東大震災は映画にも影響を及ぼしています。震災発生時、すでに公開中(2011年2月19日公開)であったクリント・イーストウッド監督の「ヒアアフター」は映画冒頭の大津波のシーンが、震災の状況を連想させるという配慮によって上映中止となりました。ボクはアメリカ版ブルーレイで観たのですが・・・三陸沖の大津波もこんな感じではなかったのかと思えるほどリアルな描写で、実際に津波の被災者でなくても気分は重くなりました。

「唐山大地震ー想い続けた32年ー」も劇中に唐山大地震と四川大地震をリアルに再現したシーンがあることから、公開を延期した作品のひとつです。奇しくも・・・東北関東大震災で唯一死亡者が出る被害を出した九段会館にて、20011年3月11日の夜に試写会が予定されていたということなので。何やた因縁じみた不運さえ感じてしまいます。

そう言えば・・・2009年の韓国映画で「TUNAMIーツナミー」という映画もありました。WOWOWでの放映(20011年4月23日予定)は自粛となりましたが、現在もDVD販売/レンタルされています。メガ津波が押し寄せるまで日常生活を丁寧に描く人間ドラマが売りであったようですが、やはり見せ場はメガ津波(高さ100メートル!高層ビルをも一気に飲み込むほど!)が釜山を襲うシーン。また、メガ津波の発生のメカニズムが描かれているわけではないので、ヒューマンドラマの感動を謳いながらも、所詮は「パニック映画」でありました。

さて「唐山大地震ー想い続けた32年ー」ですが、こちらは地震災害の描写”だけ”を売り物にした「パニック映画」ではありません。確かに、冒頭の唐山大地震のシーンでは、建物の崩壊で圧死していく被害者、街全体が瓦礫と山となっていく様子を「これでもか!」と映し出しています。しかし、この悲劇的な状況が、母親と娘の因縁の物語の発端となるわけで被害の悲惨さは物語の大事な要素でありますし、感情を表さない日本人とは違い、中国人はかなりエモーショナル・・・悲劇にドドーっと引き込まれてしまいます。

瓦礫の下で生きている子供たち(息子と娘)・・・何とか二人とも救いたい母親に、究極の選択が突きつけられます。大きな瓦礫が二人の子供の上に乗っかっているので、助けることのできるのは息子か娘のどちらか一人・・・すぐにでも救助しなければ二人とも死んでしまうかもしれないという切羽詰まった状況で、母親はどちらかを見捨てなければなりません。「二人とも助けて~!」と繰り返し泣き叫ぶ母親・・・しかし、それは出来ません。躊躇しながらも「息子・・・」と答える母親。そして、その母親の言葉を瓦礫の下で聞いて涙する娘。結局、息子は何とか助かったものの片腕を失うことになります。夫の実家に自分だけ五体満足に生き残った事を責められ、娘を見殺しにしたこことを悔やみながらも、母親は救った息子を立派に育てて行こうと決心するのです。

母親に選ばれなかった娘は。瓦礫の下から引き出されて死体置き場に並べられているのですが・・・奇跡的に息を吹き返します。そして共産党の軍人夫婦に拾われ自分の名前を捨て新しい家族の養女として育っていくのです。そして、母親に見捨てられたことを忘れることが出来ぬまま生きていくのです。この映画が開始して現れる「23秒。32年」というテロップの意味は・・・たった「23秒」の唐山大地震で別れた母と娘が、再会まで過ごした年月が「32年」であったということが重くのしかかります。本作のように”ドストライク”で泣かせてくれる映画って時には必要・・・涙枯れるまで泣かせてくれました。

これほど王道の大河メロドラマを、ここまで予算と手間をかけて大掛かりに製作してしまうなんて・・・さすが経済成長の著しい中国ならではという気もしました。日本で同じような映画を作っても、感動だけを売り物にした薄っぺらくなるでしょう。また、大地震からの復興を現代史になぞって描きながらも・・・”プロパガンダ映画”にしなかったのも、新しい中国を感じさせました。

「唐山大地震ー想い続けた32年ー」
原題/唐山大地震 Aftershock
2010年/中国
監督 : フォン・シャオガン
出演 : シュイ・ファン、チャン・チンチュー、チャン・ツィフォン

日本劇場公開未定

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2011/04/19

あまりにも無力な人間に失望するしかないSF映画・・・それにしても異星人が強すぎないか?~「スカイラインー征服ー」~


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北米版のブレーレイディスクを買うと、レンタルでもないのに映画の予告編が、まず再生することがあります。その上、早送りさえ出来ない仕様になっていることもあって、半ば強制的に観るしかないことも多く「金払った上に同じ配給会社の予告編まで無理矢理見せられるのかよ~」ってことだってあるのです。以前購入したブルーレイディスクに納められていた予告編のひとつに「スカイラインー征服ー」がありました。その予告編があまりにも壮大で「インディペンデント・デイ」「宇宙戦争」のようなスケールの大作を期待してしまったのですが・・・実際は随分と”こじんまり”とした作品でありました。

「300<スリーハンドレッド>」「アバター」「2012」などを手掛けた視覚効果チームが、ハリウッドとしては低予算(2000万ドル/16億円程度)で制作したということなので、そう考えると「よく出来ている!」とも言えるのですが、映画の中で描かれる範囲が”こじんまり”過ぎです。ロサンジェルスの街自体が壊滅状態であるにも関わらず、何故か主人公たちのいるビルだけは崩壊もしていません。そして、とんでもなく巨大な怪物が大暴れしているにも関わらず、主人公たちを襲ってくるのは小型のタコみたいな敵ばかり・・・兵隊さん達が一撃で殺されるなかで、主人公たち”だけ”は、ギリギリのところで逃げ切るというは、映画としては仕方ないことなのかもしれません。ただ、敵がど圧倒的に強すぎて、人類がどれほど応戦しても鼻っから無理・・・とにかく登場人物たちは逃げ回り、結局のところ、ひとりひとり殺されていってしまうのです。「コロンバスがアメリカに上陸したようなこと」と映画の中でも言っているように、インディアン原住民のような立場の人類にとっては、非常に危機的な状況であるはずなのですが・・・本作で描かれる物理的な範囲”が登場人物たちのいる高層マンション周辺のみというのが、あまりにも”こじんまり”としているとしか言い様がありません。

最終的には、主人公たちは抵抗も虚しく、生きたまま異星人の巨大な母艦のようなモノに吸い上げられてしまうのですが・・・それは、まるで宗教的な意味での昇天(ラプチャー)のようでありました。一体、この異星人は何のために人類を襲っているのかは、ラスト10分ほどで解明されるのですが・・・「これからどうなるの!」というところで映画は急に終わってしまい、エンドタイトルが流れます。「これって、もしかして続編に続くの?」としかか思えない姑息な終わり方で・・・実際に続編の製作をしているらしいです。まぁ、この手の作品は、ビジュアル的にはCGで殆どを作ってしまうわけだから、続編と言ってもゼロから始めるという訳でなく、本作で使ったモデルリングデータや使用したアプリケーションを再利用ということになるのでしょう。

さて「スカイラインー征服ー」はアメリカでは去年の11月に劇場公開されたようなのですが・・・同じような設定(異星人がロサンジェルスを襲う)の別な映画作品「世界戦略:ロサンジェルス決戦」は今年の3月になって公開されました。実は、この2作品・・・同じ視覚効果チームが関わったということで「スカイラインー征服ー」は「世界戦略:ロサンジェルス決戦」をパクったんじゃないかと疑われて、現在裁判になっているそうです。確かに、似たような設定の映画を、同じ視覚効果で低予算でサクサクっと作って、先に公開されてしまったら困ったもんであります。ただ逆に「世界戦略:ロサンジェルス決戦」の前宣伝になったという意見もあったりもするようで・・・。そういう事情を踏まえて、日本では「世界戦略:ロサンジェルス決戦」が4月1日から先に公開する予定でありました。しかし、東北関東大震災の自粛もあって「世界戦略:ロサンジェルス決戦」の公開は10月まで延期・・・「スカイラインー征服ー」の6月18日公開予定は変わらずということで、結局、日本でも「スカイラインー征服ー」に先を越されるというハメになったのであります。


「スカイラインー征服ー」
原題/Skyline
2010年/アメリカ
監督 : グレッグ・ストラウス、コリン・ストラウス
出演 : エリック・バルフォー、クリスタル・リード

2011年6月18日より全国ロードショー


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2011/04/16

モラルの限界を超えた最狂の残酷殺戮系エログロ映画・・・内戦の続いたセルビアという国の心の闇と傷が痛い!・~「A Serbian Film/セルビアン・フィルム」~

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残酷描写だったり、悪趣味テイストだったらば、ボクはかなりの許容範囲がある方なのですが・・・今まで観た映画の中には自分のモラルの限界を超えた「もう二度と観たくない映画」=「自己封印映画」なんていうのもあるのです。

西ドイツの映画監督ユルグ・ブットゲライトの死体愛好趣味を描いた「ネクロマンティック」は、あまりにも忠実かつリアルに腐敗していく死体の性行為を描写しているので、いまだにボクはハッキリと映像を見ることは出来ていません。死体愛好家としての究極のマスターベーションとして、自らが死にながら射精するというエンディングには、脳内で処理しきれず唖然としてしまいました。おそらく「ネクロマンティック」ほど、モラル的に衝撃を受ける映画なんて、一生観ることもないだろうと思っていたのですが・・・2010年製作の「セルビアン・フィルム/A Serbian Film」は「こんなの作っちゃダメでしょ~!」とツッコミたくなるような、トンデモナイ最狂のエログロ映画でした。残酷描写には寛容な日本だけど、本作はポルノ的な描写もあるので、今のところ公開予定なしであります。(その後「シアターN渋谷」レイトショーにてぼかし/モザイクありのノーカット版が日本公開決定しました!)

ボクが観たのは昨年ロンドンの映画祭で公開された、一部のショットがカットされたバージョンで、直接的な描写のいくつかは削除されていたようですが、それでも十分に気が狂いそうになりました。主人公のミロスは警棒のような巨根を持った元伝説のポルノスターだったのですが、いまで美人の奥さんと幼い息子をもつ平凡な家庭人になっています。ミロスはブクミールという男から破格のギャラでポルノ映画への出演を依頼されます。貯金が底をつきかけ息子の将来のためにも金は必要ということで家族を守るためにミロスは復帰を引き受けるのです。大金持ちのクライアントのために彼らの嗜好を満たすため「ポルノを芸術の域にまで高めたい」というブクミール・・・ミロスには撮影するまで具体的な内容を一切知らせず、なんとも不気味であります。指示を受けるがままにオチンチンを勃たせて撮影を続けるのだけど・・・次第に撮影内容は暴力的かつ倫理的に反するモノになっていくのです。このミロスを演じる役者さん(スルディアン・トドロビッチ)が、なんとも冴えない感じで「元ポルノスター?」って感じなのですが、ストレートポルノの男優というのは、別に顔で売っているわけではないので、これはこれで良いのでしょう。

ここからは不快な説明、および映画の内容のネタバレ含みます。

娘の目のまで母親を殴ってレイプさせられ、ミロスはもう変態プレイはゴメンだと逃げ出そうとしますが、勿論、すんなりと帰してもらえるわけはありません。ブクミールはミロスに妊婦が生んだばかりの赤ん坊をレイプするというキチガイフィルムを無理矢理見せ「新生児ポルノだ~!」と狂ったように唱えます。さすがのミロスも完全に恐れをなして逃げ出さずにいられません。このシーンは一部カットされているものの「生まれたばかりの新生児を犯す」という頭がおかしくなりそうな発想に、ボクの脳内では100%拒否反応が出てきました。飲み物の中に何かを仕込まれていたようで、その後ミロスは刺客の女にあっさりと捕まり、家畜用のバイアグラのような強力な精力剤を打たれて意識朦朧となってしまいます。

そこで映画はいきなり3日後・・・ミロスは自宅のベットで血だらけで目を覚ますのですが、何が起こったのか記憶がありません。ここから、悪夢のような3日前の惨劇をミロスとともに観客は振り返ることとなります。異様に性的に興奮したミロスは撮影現場に連れ戻され、女のレイプしながら首を切り落とすように命令され実行してしまいます。その後、倉庫のような場所へ連れて行かされ、布にくるまれた誰かを犯すように指示されます。気付くと警察官である弟が隣で、もうひとつ布に包まれた誰かを犯しています。その布を取ると、そこにはミロスの美人妻が・・・そしてミロスが犯していたのは、彼の幼い息子。ミロスは狂ったようにブクミールをに掴みかかり、頭を床に打ち付け続けて殺してしまいます。妻もミロスの弟の首もとを噛みちぎり、オブジェで頭を何度も潰します。ボディーガード達を拳銃で撃ち、そのうちの一人は、ミロスは凛々と勃起したオチンチンを目にぶっ込んで殺してしまうのです。

その後、何とかミロスは妻と息子を家まで連れて帰えるのですが・・・家族は絶望的になり一家心中。なんとも後味悪い終わり方だと思ったら・・・そこに現れたのはブクミールの黒幕であった闇組織の男達・・・実は撮影はまだ続けられていたのです。そして黒幕の中年男が部下に命令します。「まずは小さいのからやれ!」と・・・息子から死姦されるのであります容赦のなく、さらに観客を突き落とすような不快な結末・・・子供を変態嗜好の対象にするのは、モラルの許容範囲を完全に超えていました。

殺戮系のホラーというと「ホステル」を思い出しますが・・・悪夢的な雰囲気はデビット・リンチ的な雰囲気でした。実のところ物語としても、撮影も、編集も、かなりしっかりしているところが、逆にこの手のスキャンダラスな映画にありがちな安っぽさがなくて、逆に制作者たちを恐ろしく感じてしまうのです。内戦の続いたセルビアの不安定な社会背景がこういう映画を作らせるマインドを作ったのではないかと制作者も説明しています。

戦争というモラルの欠けた状況を生き抜いた人たちが、やっと平和な社会になって作った映画が「反モラル」の極み・・・というのも考え深いところがあります。平和になったからこそ、心の洗われるような”美しい理想”を目指すのではなく、再び人間的なモラルをぶち壊す・・・これって、本当に「平和」になったということなのでしょうか?

セルビアの心の闇と傷は、さらに深まっているとしかボクには思えません。

「セルビアン・フィルム」
原題/A Serbian Film
2010年/セルビア
監督/脚本 : スルディアン・スパソイエビッチ
出演    : スルディアン・トドロビッチ、セルゲイ・トリフュノビッチ


2012年1月21日より「シアターN渋谷」レイトショー公開





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2011/04/12

動物パニック映画のお約束満載・・・お色気と血みどろの「おバカ映画」のお祭りだい!〜「ピラニア3D」〜


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ボクが育った1970年代というのは、動物パニック映画が堂々と都内の一番館でロードショーされるような時代でありました。
1975年の「ジョーズ」の大ヒットを受けて、あらゆる動物だちが人間を襲うという動物パニック映画が作られていたのですが・・・今、振り返ってみれば、殆どがしょうもないような映画ばかりだったような気がします。
それでも今は亡き「テアトル東京」の巨大シネラマスクリーンにも、ミミズに襲われる「スクワーム」が、当たり前のように上映されてされていたのですから「いい時代だった」と言うか「バカみたいな時代だった」とでも言うのでしょうか・・・。
「ピラニア」もそんな動物パニック映画ブームの流れで製作された映画で、ノリとしてはB級映画でありました。
その後・・・動物が襲うというのは、あまりにもくだらないと、世界中の映画製作者たちもやっと気付いたのか、襲ってくるのは”異星人”などに変化していったのでありました。
ただ、それでも淡々と動物パニック映画は作られてはいたようですが、殆どが”DVDのみ”でのリリースというB級どころか「C級映画」扱いとなり、映画興行の花形としては、その役目を終えた感のあったジャンルなのでした・・・動物パニック映画というのは。

ところが、あの「ピラニア」を公開から30数年経って、今度は「3D映画」としてリメイクされたのが、その名も「ピラニア3D」
監督は「ハイテンション」「ヒルズ・ハブ・アイズ」「ミラーズ」のアレクサンドル・アジャというのだから、どこか期待してしまうのであります。
アメリカの映画館では「3D映画」として公開されましたが、ボクが観たのは先日アメリカで発売されたブレーレイ版で、自宅のテレビは3D未対応なので2Dでの観賞でした。
ボクからすると3D映画というだけで胡散臭い・・・それというのも「3D=飛び出す」とい安易な演出が頭が悪く見えるからかもしれません。
おそらく3D映画として唯一成功した「アバター」は、最初の本格的3D映画ということに加えて、立体の演出を「飛び出す」でなく「奥行き」に求めたからだと思うのです。
だから「飛び出す」演出の3D映画は、技術的にどれほど進化したとしても胡散臭い”見世物感”を漂わせてしまうかもしれません。
「ピラニア3D」は、確信犯的に”見世物感”をアピールした映画になっています。

「ジョーズ」へのオマージュなのか・・・あの”リチャード・ドレイファス”が冒頭シーンでの被害者として登場するのです。
たぶん、ご本人的にはノリノリではあるけど、名優の無駄使いも甚だしい感じであります。
他にも、エリザベス・シュー(バック・トゥ・ザ・フューチャーPART 2と3でのマーティのガールフレンド)、クリストファー・ロイド(バック・トゥ・ザ・フューチャーのドック)、ジェリー・オコンネル(スンンド・バイ・ミーのおデブちゃん)という、1980年代のアメリカ映画で活躍した俳優たちという、なんか狙ったキャスティング。
ストーリーは、こういう映画にありがちなどうでも良いような話で、いろいろと伏線を引きながら・・・ラスト25分のピラニアの大襲撃シーンに突入するわけですが、これがハンパない!
身体を噛み付かれて皮膚はボロボロ内蔵や骨をむき出しにしながら溺れるているし、足や腕が食いちぎられながら逃げまどうという、まさに”血の海”状態!
スクリューに巻き込まれて髪を引っ張られて頭皮を引きちぎられたり、ボートに衝突されて首はぶっ飛んだり、飛んできたワイヤーで身体を切断されたりと、ピラニアに喰われるだけでなく二次的な災難も起こるという地獄絵図!
ただ・・・恐怖で背筋が凍るというような”恐怖”ではなくて「巨乳がポロリ!」ついでに「チンコのアップ!」というような明るく楽しい(?)お色気と見世物的な人体破壊スプラッター描写に、拍手喝采の「血みどろ祭り」であります。
続編もありえるようなエンディングのサプライズもあり、動物パニック映画のお約束をキッチリと取り込んだ作品となっています。
また、3D映画のブームに水を差すような陳腐さが、考えようによっては安易なブームに対する一石を投じているような・・・そういう「おバカ映画」でありました。

日本の配給として決まっていた会社が倒産してしまって、日本での劇場公開が危ういという本作・・・確かに観るだけで頭が悪くなりそうな内容の映画でありますが、どうせ観るなら3Dという気がするので、ぜひ日本でも劇場公開を実現して欲しいものです。

ピラニア3D
原題/Piranha 3D
2010年/アメリカ
監督 : アレクサンドル・アジャ
出演 : エリザベス・シュー、クリストファー・ロイド、ジェリー・オコンネル、リチャード・ドレイファス

2011年8月27日より全国公開


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2011/04/04

まるで山岸凉子の「アラベスク」+「天人唐草」・・・ナタリー・ポートマンのイタ〜い演技で個人的には”カルト映画”に決定~「ブラック・スワン」~

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アカデミー賞の作品賞のノミネートが10作品に増えて以来、いわゆる”オスカーらしい”真面目な(?)作品だけでなく「この映画も作品賞!?」と思ってしまうこともあったりします。
ダーレン・アロノフスキー監督の「ブラック・スワン」は作品賞にノミネートされた映画のなかでも、ボクが最も注目していた作品ではありましたが・・・以前のように5作品しか作品賞のノミネートしないシステムだったら、もしかすると選考から漏れていたかもと思わせる内容の映画です。
話としては「ベタ」・・・、テーマ的にもひとりの女性の妄想と葛藤を描くというマクロな内容だし、かなりマニアックなテイストの作品なのですから。
過保護で過剰な期待をする母親との葛藤、奔放としたライバルとの争い、性的な束縛から自己分裂を引き起こしていく主人公・・・まさにボクが最も「好物」とする設定であります!

ニナ(ナタリー・ポートマン)は自分自身もバレリーナを夢みていた母親(バーバラ・ハーシー)から、バレリーナとして成功することを過剰に期待され、過保護に育てられてきた、ド真面目な「箱入り娘」(勿論、処女!)であります。
そんなニナは、カンパニーの年増のプリマドンナ(ウィノナ・ライダー)を押しのけて「白鳥の湖」の白鳥役を射止めるのです。
ウィノナ・ライダー世代(?)のボクとしては、彼女が落ちぶれていく年増のプリマドンナ役というだけで、結構ショックであります。
いつまでも”不思議少女”であり続けるように思えたウィノナ・ライダーさえも、こんな役柄を演じる”おばさん”になってしまったのですね・・・。
さて、ナタリー・ポートマンは母親に期待されていたプリマドンナになったわけですが・・・「白鳥/ホワイトスワン」は完璧に踊れるものの、男を誘惑する「黒鳥/ブラックスワン」はうまく踊れません。
この映画で知ったのですが・・・通例的に白鳥と黒鳥は同じプリマによって演じられるということ・・・対照的な役柄を演じ分けるというのも「白鳥の湖」の見所でもあるということなのです。
カンパニーの監督からは、セクハラとしか思えない強引なキスや愛撫を受け、極々個人的で性的な質問(セックスの経験があるかとか、セックスでエクスタシーを感じるかとか)をされたりします。
そして、黒鳥を踊るためには性の歓びを表現するのだから、マスターベーションをしなさいとまでニナに奨めるのです。
いくら何でも、そこまで監督がバレリーナの私生活に干渉するものなのか・・・と少々呆れてしまいます。
ニナのライバルがアンダースタディー(代役)となるのですが、彼女はまさに黒鳥そのもの奔放な生々しい女であり、何かにつけてニナを落とし込めようとしたり挑発してきます。
ナイトクラブに誘い、ドラッグを摂取させたりもします。
朦朧とした意識の中で、ライバルはニナの股間に手を伸ばし誘惑し、自宅のベットルームまで上がり込んでレズビアンセックスに誘導していくのです。
ライバルはニナの股間に顔を埋めてアソコを舐め回してエクスタシーを与えると、勝ち誇ったような満足げな表情をするのです。
翌朝、ニナは寝坊してしまい、練習に遅刻してしまいます。
しかし、練習場にはしっかりと時間通りに到着しているライバルは蔑むようにニナに微笑んでるのもだから・・・真面目だけが取り柄のニナは、こうやってドンドンと追い込まれていくのであります。

ところが、映画を観ているうちに「ニナも、何かおかしい」ことに気付いてきます。
どういうわけか、毎朝ニーナの背中についている引っ掻き傷・・・母親はニナ自身が自分の爪で引っ掻いていると思い込み、爪を血が出るほど短く切っていきます。
確かに、母親の心配はどこかしら不自然で極端過ぎる気もするのですが・・・どうやら、ニナ自身が自傷行為をしているような節もあるのです。
ライバルがこれ見よがしに監督を誘惑して舞台袖で抱き合っていたり、ニナが蹴落とした年増のプリマドンナが狂ったようにナイフを顔の刺したり・・・ニーナの幻覚や妄想も、現実に起こっていることのように映画では描いていきます。
観客は次第にどこまでが現実に起こっていることか、ニナの幻覚なのかもハッキリしなくなってくるのです。
実際にニナはレズビアンセックスをしたのか・・・マスターベーションする罪悪感から、いいわけとしてセックスしたと妄想しているのではないか?
本番の前夜、ニナは遂にブレイクダウンを起こしてしまいます・・・しかし、翌朝、引き止める母親を尻目に、ニナは本番へと向かうのです。
そして、ニナは妄想と現実を行き来しながら、遂に「完璧」な白鳥と黒鳥を踊るのであります!

少女には純粋さを求めながら・・・女へと成長する過程では性的な成熟が求められます。
ただ、いつまでも性的に成熟出来ない「女性」は、年齢を増すごとに痛々しい存在となっていくものです。
それが親などからの抑圧によるものであるなら、親の存在がある限り、娘は性的な欲望を押し殺していくしかありません。
しかし・・・肉体的に純粋でありながら、抑圧のために性的な妄想は、より猥雑になっていくしかないのです。
あらゆる事柄を性的に解釈したり、性的になる自分自身を自傷行為で罰しなければならなかったり、精神的には「少女」と「女」という二つのペルソナに分裂していってしまいます。
うまく「少女」から「女」になれないと、ある種の性的なヒステリー状態のままということあって・・・年齢を増すごとに、外見は完璧なのに、中身は熟しきって腐った果物のような屈折した人格を作り上げてしまうのかもしれません。
ニナのように・・・。


映画「ブラック.スワン」を観て、ボクがまず思い出したのが、少女マンガ家/山岸凉子の「アラベスク」と「天人唐草」でした。
「アラベスク」は、バレー漫画という範疇を超えて名作と言われるのは、単に主人公のバレリーナとしての葛藤や成長だけでなく、少女の性の目覚めまでも描いているのが生々しいからに他なりません。
表現者としてアンナが覚醒するためには、自分自身の「性」とも向き合わなければならないのです。
ただ「アラベスク」のノンナには、彼女を導いてくれるミノロフ先生という存在がありました・・・そういう強いガイダンスと愛があることで、ノンナは女へと成長していけたのであり、そのような男性の存在こそが「アラベスク」が正統派の少女漫画であった証でもあります。
山岸凉子はのちに、抑圧だけを強いられた女性の残酷な顛末を描いた、少女漫画でない「天人唐草」を発表します。
岡村響子という女性が、女としての「性」を押さえつけて「完璧」を目指した結果・・・最終的に「狂気」という檻の中で開放されるという、わずか50ページの短編とは思えない「濃い」物語です。
そこには少女が夢見る未来はなく、ただ残酷過ぎる現実が描かれています。
「天人唐草」の岡村響子は、ボクの中で「ブラック.スワン」のニナの姿とかぶり・・・ナタリー・ポートマンの捨て身のイタ~い演技によって「ブラック・スワン」は個人的には「カルト映画」決定なのであります!


「ブラック・スワン」
原題/Black Swan
2010年/アメリカ
監督 : ダーレン・アロノフスキー
出演 : ナタリー・ポートマン、ヴァンサン.カッセル、ミラ・ニュニス、バーバラ・ハーシー、ウィノナ・ライダー

2011年5月11日より全国公開


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