2012/07/26

ニコラス・ウィンディング・レフン監督による”暴力劇場”・・・トム・ハーディの”粗チン”っぷりもハマってるの!~「ブロンソン/Bronson」~



今年、日本でも公開されたライアン・ゴスリング主演の「ドライヴ」で、カルト的人気と知名度を上げたデンマーク出身のニコラス・ウィンディング・レフン(Nicolas Winding Refn)・・・今、暴力の美学を描かせたら右に出る映画監督はおりません!テーマ的にも登場人物の殆どが「おとこ」ばっかり・・・そんレフン監督のなかでも、まさに”暴力”そのものを描いたのが「ブロンソン/Bronson」であります。

主演は、現在、最も注目される”カメレオン俳優”のトム・ハーディ・・・舞台俳優としても活動している”実力派”で、最近は「インセプション」「裏切りのサーカス」「ブラック&ホワイト」と続けて話題作に出演しています。作品によってがらりと雰囲気が違うのですが・・・「ブロンソン」以降は、鍛えたマッチョな体型とイギリス訛りが、ハリウッドを魅了しているみたいです。「ダークナイト・ライジング」では、バットマン最悪の敵ベインを演じているし、来年公開予定の「マッドマックス」最新作でも主演と、日本でのブレイクは必然。本作「ブロンソン」も近い日に、劇場公開かDVDリリースされるかもしれません。

「ブロンソン」は、今なお服役中でイギリスで最も危険な囚人と言われている実在の人物・・・”ブロンソン”こと”マイケル・ピーターソン”の半生を描いている作品。子供の時から乱暴者で喧嘩つ早く、教師や警官相手に暴れまくり・・・つまらない郵便局強盗で懲役7年を食らってしまうのが、22歳のとき。刑務所では、何かと看守にたちに喧嘩を売り続けて、精神病棟にも入れられたりしながら・・・69日間”だけ”出所してアンダーグラウンドのボクサーとして小銭を稼いだりもします。その時に名乗っていたリングネームの”チャールズ・ブロンソン”(1970年代に活躍したアクション男優)から、彼は”ブロンソン”と呼ばれるようになるのです。しかし、惚れた女のために宝石強盗して再び逮捕・・・そのからは刑務所で暴れまくり続けて、120回以上も移転を繰り返しており、34年間の刑務所生活のうち30年を独房で過ごすという凶暴さ・・・しかし、殺人は一度も犯してはいないのであります。

本作は、ブロンソンが劇場の舞台で上流階級の観客に向かって、自らの半生をモノローグで語る”ひとり芝居”によって進行していきます。ロンドン芸術大学(セント・マーティン)で演劇を学んで、舞台俳優としても活躍しているトム.ハーディだからこそ演じられるシーンで・・・白塗りのピエロのような化粧した顔の表情を自在に動かして、いろんな役柄を演じ分けてながらブロンソンの半生を振り返っていきます。

刑務所内では何かにつけて暴れて、そのたび独房送りを繰り返すブロンソンの暴力の源が、何かというのはよく分かりません。精神病棟でペットシップボーイズの「It's a Sin」の爆音に合わせて患者たちが踊るというシュールな空間で注射で朦朧としていたブロンソンを小馬鹿にした患者に仕返しをしたり、刑務所の施設で彼にアートの楽しさを教えた先生までも拉致してしまう・・・そんなことすれば、直ちに看守に押さえつけられて懲罰を受けるのは分かりきったこと。それでも、ブロンソンは看守を挑発して暴れることを決して止めないのです。

独房で看守のひとりを人質にして何を要求するのかと思えば、特に何かを考えていたわけでもなく・・・人質に手伝わせて、全身にバターを塗って、何人もの看守との戦いに挑むというアナーキーで無意味な行動にでます。高脂肪摂取とトレーニングで、実在のブロンソン本人のガチムチ体型に肉体改造したというトム・ハーディ・・・いかにも労働者階級の乱暴者らしさが滲み出る見事な役作りと、「ダークナイト」でジョーカーを演じたヒース・レジャーと並ぶほどの狂気に満ちた渾身の演技をみせています。全裸シーンで注目してしまったのは・・・トム・ハーディの「粗チン」っぷり!(「シェイム」のマイケル・ファスビンダーとは大違い!)これは肉体改造の結果でもないし、演技力うんぬんではない部分でありますが・・・ブロンソンという人物が「どうして、これほどまでに暴力的なのか?」の、ひとつの答えになっているようにボクには思えたのです。

男って・・・いろんな理由でコンプレックスを感じて、それをバネにツッパっているところというのは、多かれ少なかれあったりします。貧しい出身だったり、人一倍金持ちに対して妬みを持って育った人が、大金を持つと成金になるのもコンプレックスの裏返し。ただ、社会的なコンプレックスは、ある程度経済的な成功を手にすることで解消されるかもしれないけれど、肉体的なコンプレックスは、(整形手術とかで何とか解決することもありますが)厄介なもんです。例えば、背の小さい男が負けず嫌いで、何故か胸を張って偉そうに歩いているというのは、よくあること・・・背が低いことよりも、第三者には分かりにくく、理由もなく根深いのが、アソコのサイズのコンプレックスだと思うのです。

そこそこハンサムなのに何故か自信なさげの男と、ちんちくりんのネズミ男なのに妙に自信に満ちあふれている男・・・もしかすると、アソコのサイズが関係しているかもしれません。殆どの男は、大雑把に「普通サイズ」だったりするものですが・・・明らかに「大きい」という人はいます。誰も聞いてもいないのに自ら「俺のはデカい!」と自負する人は、確かに「大きい」ことが多くボク自身の経験上)・・・根拠のない自信にあふれていたりします。対照的に「小さい」人は、根拠ない自信のなさを支配されてしまうのです。

ブロンソンご本人が、実際に”粗チン”であったのかは分かりませんが・・・本作のトム・ハーディの「包茎短小」っぷりは、ある意味、ハマっております。勿論、すべての”粗チン”の男が、暴力的というわけではありませんが・・・男らしさが自我のすべてだったブロンソンが、他の男から”粗チン”っぷりをバカにされることを、絶対に許すわけがありません。見下される前に、彼は暴力ですべての男を抑圧したかったのかも・・・なんて、ボクは思ったのでした。

21世紀の「時計じかけのオレンジ」と称される本作は・・・80年代ポップとクラシック音楽を暴力にかぶせたり、広角レンズのシンメトリーな構図が多用されていたり、演劇的なモノローグで物語が進行していったり、暴力をユーモアを交えてスタイリッシュに扱ってしまうところなどは・・・明らかにスタンリー・キューブリックの遺伝子を感じさせます。

ただ、アレックス(時計じかけのオレンジ)が、一度は更生されて非暴力的になるものの、最後には再び暴力性を蘇らせるという”ループ”が、ある種のカタルシスを感じさせるのとは違い・・・ブロンソンは、最初から最後まで内面的な成長もなく、暴力を振るい続けるという単細胞さ(実在する人物に忠実なのかもしれませんが)・・・ただ、ブロンソンという人物が「暴力的だけど、どこかチャーミングな男」と思わせてくれるのは、トム・ハーディの魅力そのものであることは確かなのです。どんなに粗チンだって、やっぱり「トム・ハーディ、萌え~!」

「ブロンソン(原題)」
原題/Bronson
2008年/イギリス
監督&脚本 : ニコラス・ウィンディング・レフン
出演    : トム・ハーディ、マット・キング、ジェームス・ランス、アマンダ・バートン、ケリー・アダムス、ジョナサン・フリップス
日本劇場未公開、DVD発売



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