2015/03/26

サイレント映画のジョーン・クロフォード・・・ナイトクラブのダンサーからハリウッド帝国のプリンス ダグラス・フェアバンクス・ジュニアの玉の輿にのるまで~「夜の女/Lady of the Night」「知られぬ人/The Unknown」「踊る娘達/Our Dancing Daughters」他~


ボクが”ジョーン・クロフォード”の名前を知ったのは、高校生時代(1980年前後)に手にした往年のハリウッド映画についてのムック本だったと記憶しているのですが・・・女優として”ジョーン・クロフォード”をハッキリ認識したのは、1981年にアメリカで劇場公開された「愛と憎しみの伝説」でした。そんな経緯もあってか・・・長年「ジョーン・クロフォード」=「養女虐待女優」というキワモノ的なイメージを、ボクは持ってしまっていました。ケーブルテレビやレンタルビデオが一般的になる1980年代後半まで、アメリカ国内に在住していていても、ジョーン・クロフォードの映画を観る機会というのは、それほどなかったのです。

真珠湾攻撃で太平洋戦争が勃発してから、アメリカ映画は日本では一切公開されなれなくなったこともあり・・・1939年以降につくられたアメリカ映画は、戦後になってから公開されました。(あの「風と共に去りぬ」がでさえ、日本で劇場公開されたのは1952年になってから!)タイムラグが開いたために客入りが期待できないと判断されたのか・・・結局、日本では未公開のままという作品も結構多かったりします。1940年代~50年代ジョーン・クロフォードは数多くのフィルム・ノワール映画に出演しているのですが、フィルム・ノワール映画はアメリカの”闇の部分”を描いているという理由で、アメリカの国策として積極的に輸出されなかったこともあり・・・戦後になっても、ジョーン・クロフォードの映画は、それほど日本では劇場公開されることもなかったようです。

ボクが映画に興味を持ち始めた1970年代後半頃、日本で観ることができたジョーン・クロフォードが出演している映画作品と言えば・・・テレビの洋画劇場、または名作座で上映されることがあった「何がジェーンに起こったか?」ぐらいでしょうか?1990年代に入ってから、グレタ・ガルボなどが出演しているオールスターキャストという理由で「グランドホテル」、フレッド・アステアの映画デビュー作という経緯で「ダンシングレディ」、ニコラス・レイ監督ということで「大砂塵」、淀川長治氏監修のクラシック映画選集に含まれていた「雨」(興行的にも批評家的にも公開当時は失敗作という烙印を押されていた)などが、ビデオ/DVD化はされたようです。そして、ここ数年フィルム・ノワール映画やハリウッドのクラシック映画の再評価により「ミルドレッド・ピアーズ」「ユーモレスク」「失われた心」「再会のパリ」などの1940年代の出演作品が、やっとDVD化されました。ジョーン・クロフォードは1920年代から1970年代まで半世紀にも渡ってハリウッド映画の歴史を語るには重要なスター女優であったにも関わらず、出演作品の殆どは日本では未公開作品が大変多いのです。

ジョーン・クロフォードが生まれた年には諸説(1904年説、1905年説、1906年説)あるのですが、最も有力と思われる「1905年」だとすると・・・グレタ・ガルボと同い年で、ベティ・デイヴィスの3歳年上ということになります。スウェーデンで映画デビューしてすぐさまハリウッドに招かれてスター女優となったグレタ・ガルボや、舞台女優としてブロードウェイで活躍後にハリウッドに招かれたベティ・デイヴィスとは違い・・・ジョーン・クロフォードはナイトクラブのダンサーからハリウッドのスター女優へ成り上がりました。スター女優となったからも紆余曲折あり、幾度となく自己再生を繰り返すという人生を歩んだジョーン・クロフォードではあるのですが・・・最もドラマチックだったのは「スター女優になるまで」だったのかもしれません。


本名ルシール・ルスール(Lucille LeSueur)として生まれてまもなく、実の父親は家族の前から姿を消してしまいます。母親が洗濯屋の住み込みとして働いていた時期があったので、後に「愛と憎しみの伝説」で描かれたように針金のハンガーを毛嫌いしていたという話もあります。9歳頃から学校で給仕の仕事をしなければ、学費を支払えなかったというのが、子供時代の屈辱的な記憶として残っていると、後に語っています。母親からも新しい父親からも愛情を受けず育ち、10代後半には、シカゴ付近のナイトクラブのダンサーとして働きは始めるのですが・・当時のナイトクラブの”ダンサー”というのは、感覚的には”ストリッバー”に近い仕事だったのかもしれません。

最初の転機が訪れるのは、ブロードウェイの劇場主に見出されてニューヨークに移住したこと・・・”コーラスガール”として雇われて舞台に立つようになるのですが、すぐさまサックス奏者の男性と結婚したという記録も残っています。ジョーン・クロフォードは後日、この結婚について語ることがなかったので、法律に基づいた結婚だったのか、内縁関係だったのかハッキリ分かりません。ただ、この時期の生活は不安定で、家計のためにポルノまがいの映画やヌードモデルをしていたという噂があるほどです。この男性との関係が、どれほど続いたかは定かではありませんが・・・劇場関係者の男性に近づいて別な舞台の仕事を得たり、ハリウッドの映画プロデューサーを紹介させたりしています。女の武器を最大限利用したことは、想像するまでもありません。

紹介されたハリウッドの映画プロデューサーを介してMGM映画と契約を結ぶことになるのですが・・・あくまでもダンサー/コーラスガール(エキストラ?)として10週間の契約したに過ぎず、映画女優への道がひらかれていたわけではなかったようです。ただ、すでに映画業界は一大産業・・・女優育成も行なわれていた「MGM」では、コーラスガールにも演技やダンスレッスンを受けさせて、新人女優に育てようというシステムはありました。


ジョーン・クロフォード(当時は、まだ本名のルシール・ルスールを名乗っていた)の映画の初出演は、名プロデューサーとして権力を持っていたアーヴィン・タルバーグと当時交際していた(後に結婚)MGM映画のスター女優ノーマ・シアラー主演の「夜の女/Lady of the Night」で、クレジットさえされない後ろ姿のボディダブル(替え玉)という屈辱的な待遇でした。(スクリーン初登場シーンは動画参照/3分10秒過ぎ)ハリウッドで成りあがるためには、権力を持っている男性の力を利用することが必要不可欠であることを、ジョーン・クロフォードは確信したに違いありません。この作品から約15年後「The Women/ザ・ウーメン(原題)」で二人は共演することになるのですが・・・ジョーン・クロフォードはノーマ・シアラーの夫の浮気相手役を演じて高い評価を受けるのですから、因果なことです。


この頃に出演した作品の順番には諸説あるのですが・・・「美人帝国/Pretty Ladies」の端役で映画デビューというのが定説となっています。同年に「ザ・サークル(原題)/The Circle」では主人公の若き日を冒頭で演じ、「古着屋クーガン/Old Clothes」ではチャップリンの「キッド」で有名な子役ジャッキー・クーガン演じる主人公と絡む端役を演じるのですが、多くの出演作品はエキストラ程度の役だったようです。MGM映画の広報係は「ルスール」という発音が下水管(Sewer)の音に聞こえるからという理由で、映画雑誌で芸名を公募して”ルシール・ルスール”から”ジョーン・クロフォード”に改名させます。当初、彼女自身は「クロフォード」の発音がザリガニ(Crawfish)のようだと嫌っていたそうですが、結果的にはこの改名が功を奏したと言えるでしょう。”ジョーン・クロフォード”という新たなアイデンティティーが与えられたことで、不幸な生い立ちの過去から、分離することができたのかもしれません。


”スター女優”になるべくしてハリウッドに招かれたわけでもないジョーン・クロフォードが主役を得るためには、自己アピールするしかありませんでした。ダンサー出身ということもあってか、当時流行していたチャールストンのダンス大会で優勝することで、ハリウッドの映画関係者たちの注目を集めようとします。今になってみると、チャールストンダンスは手足をバタつかせている稚拙な踊りにしか見えないのですが・・・コルセットに縛られていた女性の”自由”そのものを表現していた当時の最先端であり、ジョーン・クロフォードはトレンドのフラッパーとして存在感をアピールすることに成功していくのです。


「三人の踊子/Sally, Irene and Mary」では主役の一人を演じるまでになります。その後「初陣ハリー/Tramp, Tramp, Tramp」「踊る英雄/The Boob」「巴里/Paris」「荒野の勝利者/Winners of the Wilderness」など、さまざまなテイストの作品で、主人公の相手役としてヒロインを務めます。「タクシーダンサー(原題)/Taxi Dancer」では、ひとりで主役に抜擢されるのですが、まだジョーン・クロフォードならではの個性が発揮されるまでには至たず、興行的には失敗して、再び脇役へと逆戻りさせられるのでした。


サイレント映画時代の大スターだったロン・チェイニーと共演した「知られぬ人/The Unknown」での、ナイフ投げ芸人の”的”になるアシスタント役・・・これは、ジョーン・クロフォードにとって最初の”当り役”かもしれません。サイレント映画時代の演技というのは台詞という音声なしで演技なければいけないので、大袈裟になりがちなのですが・・・ホラーサスペンス作品に多く主演したロイ・チェイニーの演技は”パントマイム”としての完成度が高く、サイレント映画の演技としては極めていたのですが、ジョーン・クロフォードはロイ・チェイニーと共演したことで、役者として開眼したと後に語っています。


この頃、ジョン・ギルバート(「密入国者の恋」「四つの壁」)、ウィリアム・ヘインズ(「スプリング・フィーバー(原題)」「ウエスト・ポイント(原題)」「ザ・ドューク・ステップス・アウト(原題)」)、ティム・マッコイ(「荒野の勝利者」「ザ・ロウ・オブ・ザ・レンジ(原題)」)、ラモン・ノヴァロ(「シンガポール」)などのスター男優の相手役として、ジョーン・クロフォードは次第に新人女優として頭角を現していくことになるのです。


ジョーン・クロフォードが、この時代に共演したスター男優の中でも仲良かったのが「ウィリアム・ヘインズ」であります。共演した男優と肉体関係を持つことが多かった(!)と噂されるジョーン・クロフォードですが、彼との関係はちょっと違っていたようです。当時”イケメン男優”として活躍していたウィリアム・ヘインズですが、実は”同性愛者”・・・ジョーン・クロフォードが、その事実を知らなかったとは思えません。女友達同士のような絆で結ばれていたと考えるのは、邪推でしょうか?ハリウッドの権力者に紹介して、業界内でのサバイバル術を教えたのはウィリアム・ヘインズだったという逸話もあるほどで、ジョーン・クロフォードのキャリアに影で(?)貢献している人なのです。

1930年代半ばになって、ウィリアム・ヘインズは”同性愛者”であることを、マスコミによって暴露されてしまうのですが・・・彼は「同性愛者であることを否定すること」を拒み続けて、最終的には映画会社から解雇されてしまいます。おそらく(?)彼はゲイをカミングアウトした最初のハリウッドスターということになるのではないでしょうか?俳優として引退後、パートナーの男性とインテリアデザインのビジネスを成功させて幸せに暮らしたということですから、彼の勇気ある選択は間違っていなかったと言えます。


19世紀末期に映画が発明されてから、たった20数年後には巨大な利益を生み出す産業となり「ハリウッド帝国」が生まれていたわけですが・・・その帝国には”ダグラス・フェアバンクス”と”メリー・ピックフォード”というキングとクィーンの夫婦の大きな存在があります。二人は、D・W・グリフィスやチャップリンと”ユナイテッド・アーツ”という映画会社を設立するなど、絶大な権力と膨大な資産を持っていました。二人とも移民の子供で上流階級の出身というわけではなかったのですが、生まれたばかりの映画というメディアでイチ早く成功を収めた「新しい時代のセレブ」だったわけです。ダグラス・フェアバンクスには前妻との間にひとり息子がおり、このダグラス・フェアバンクス・ジュニアはいわばハリウッド帝国の”プリンス”のような存在でした。

ジョーン・クロフォードとダグラス・フェアバンクス・ジュニアが知り合ったのは1927年頃といわれています。ダグラス・フェアバンクス・ジュニアが出演していた舞台を観に行ったジョーン・クロフォードが楽屋に挨拶しに行ったらしいのですが、もしかするとウィリアム・ヘインズが二人を仲介したのかもしれません。ただ、この時はハリウッド帝国のプリンスと新人女優という立場の格差もあってか、すぐに付き合い始めたわけではなかったようです。


1928年、ジョーン・クロフォードは「踊る娘達/Our Dancing Daughters」で、ブレイクを果たしてスター女優のひとりとなります。ダイアナ(ジョーン・クロフォード)というフラッパーの娘が、女友達アン(アニタ・ペイジ)と、ベン(ジョン・マック・ブラウン)という男性を取り合うという三角関係の物語で、ヘイズ・コード以前に作られた映画ということもあってか、物語の展開はモラル的に少々おかしなことになっています。

ダイアナとアンの二人の女性から思いを寄せられているベンは、ダイアナも気になっているのですが・・・他の男性とも楽しげにしているダイアナの態度から自分には関心がないと思い込み、アンと結婚してしまいます。傷心のダイアナはヨーロッパへ2年ほど遊学するのですが・・・その間にアンとベンの関係は冷え込んでしまいます。ダイアナの帰国を祝うパーティーに、アンは愛人の男性と出席して、夫のベンと鉢合わせしてしまいます。ベンはパーティーでダイアナへの思いを確認し合うのです。性格も捻くれて、精神的におかしくなっていたアンは、酒に酔ぱらって階段からの落下事故で急死(冗談みたいに派手に落ちる!)・・・ダイアナとベンの間の障害はなくなり「めでたし、めでたし」となるというわけであります。

チャールストンダンスを踊るダンスホールが物語の重要な舞台となっているので、フラッパーとしてのジョーン・クロフォードの魅力が爆発しています。当時、これほど派手な生活をしていた若い女性が実際に存在したかは少々疑問ではあるのですが、誇張されたフラッパー的ば女性像は、当時「イッツ・ガール」として席巻していたクララ・ボウに続いて、フィッツジェラルドなどの著名人の共感や大衆の羨望を生んだようです。ジョーン・クロフォードは”時代の寵児”として、一躍”スター女優”となるのですから・・・。その後「ザ・ドューク・ステップス・アウト(原題)」などに出演し、「踊る娘達/Our Dancing Daughters」の続編的な「アワ・モダン・メイデンス(原題)/Our Modern Maidens」により、ジョーン・クロフォードは人気を不動にものにするのです。


ジョーン・クロフォードの最後のサイレント映画出演作となる「アワ・モダン・メイデンス(原題)/Our Modern Maidens」は、夫婦がそれぞれ真実の愛をみつけるという物語・・・本作もヘイズ・コード以前にありがちのモラルの欠如な展開で、おかしなことになっています。

ビリー(ジョーン・クロフォード)は、夫であるギル(ダグラス・フェアバンクス・ジュニア)の仕事の根回しをしようと、上司のグレン(ロッド・ラ・ロック)に掛け合いに出掛けたところ、あっさり恋に落ちてしまうのです。一方、夫のギルは、ハウスゲストとして滞在しているビリーの女友達のケンタッキー(アニタ・ペイジ)と惹かれ合ってデキてしまい、ケンタッキーは即妊娠・・・お互いに真実の愛の相手は別にいたことを知って、あっさり夫婦は別れてしまうのです。

登場人物たちの自由すぎる恋愛感は、近代化が進み始めた1920年代の女性が憧れた生き方だったのでしょうか?当時は、サイレント映画からトークー映画へと変わっていく転換期・・・グレタ・ガルボのような「現実に存在しないような美女」から、ジョーン・クロフォードのような「隣に住んでいそうな娘」へと、女性像が変化していく「大衆の時代」と合っていたということなのかもしれません。

多くの人々が親しみを感じる「A Girl Next Door」=「隣に住んでいそうな娘」として、ジョーン・クロフォードは受け入れられられたわけですが、実際にはジョーン・クロフォードのような娘が隣には住んでいるわけありません。後に、ジョーン・クロフォードは「隣に住んでいそうな娘が良いなら、隣に行けば良いのよ」と発言をしているのですが、スター女優になった自分は大衆とは違うというだけでなく、自分のような過酷な子供時代を過ごすことは普通ではないと考えていた・・・のではないかと思えます。


「アワ・モダン・メイデンス(原題)/Our Modern Maidensで共演したダグラス・フェアバンクス・ジュニアとジョーン・クロフォードは、公に恋に堕ち(当時は大々的なパブリシティーだった)結婚することになります。MGM映画の看板女優となったジョーン・クロフォードにとって、ダグラス・フェアバンクス・ジュニアとの結婚は、ハリウッドでの地位を確実なモノとするための「玉の輿」であり、まさに新しい”プリンセス”にでもなったというところでしょうか?

しかし、ダグラス・フェアバンクス・ジュニアの義母で、姑となったメリー・ピックフォード(彼女自身も決して裕福な家庭の出身ではないカナダ移民)は、どこの馬の骨だか分からないジョーン・クロフォードを嫌っていたようで、当時ハリウッドスター達の最高の社交場であったフェアバンクスの豪邸に、嫁を招待したのは結婚してしばらくしてからだったそうです。自宅に招くようになってからも、ジョーン・クロフォードの南部訛りを嘲笑したり、テーブルマナーを知らないことをバカにしたりと、トコトン冷たく扱ったと言われています。

メリー・ピックフォードはサイレント映画からトーキー映画の女優として転向することはなく、1930年代には女優として第一線から退くことになります。(映画プロデューサーとしては1950年まで活動)それとは逆に、トーキー映画の女優へと見事に転向して、さらに”スター女優”として成功していったジョーン・クロフォードにとって、メリー・ピックフォードとダグラス・フェアバンクスが築いたサイレント映画時代のハリウッド帝国の”プリンセス”になることよりも、新しいトーキー映画時代のハリウッド帝国の”クィーン”になることこそが、姑への一番キツ~い”あてつけ”であることを分かっていたのかもしれません。そして、そのハリウッド王国のクィーン(スター女優)で居続けることに、ジョーン・クロフォードが晩年まで執着したのは・・・”スター女優”になるために手段を選ばない努力を積み重ねたからに他ならないのです。

「夜の女」
原題/Lady of the Night
1925年/アメリカ
監督 : モンタ・ベル
出演 : ノーマ・シーラー、マルコム・マックグレゴー、ルシール・ルスール(クレジットなし)
1926年8月日本劇場公開

「美人帝国」
原題/Pretty Ladies
1925年/アメリカ
監督 : モンタ・ベル
出演 : ザスー・ピッツ、コンラッド・ネジェル、ルシール・ルスール
1927年9月日本劇場公開

「ザ・サークル(原題)」
原題/The Circle
1925年/アメリカ
監督 : フランク・ボガジェ
出演 : エレノア・ボードマン、マルコム・マックグレゴー、ジョーン・クロフォード
日本劇場未公開

「古着屋クーガン」
原題/Old Clothes
1925年/アメリカ
監督 : エドワード・C・クライン
出演 : ジャッキー・クーガン、ジョーン・クロフォード
1927年7月日本劇場公開

「三人の踊子」
原題/Sally, Irene and Mary
1925年/アメリカ
監督 : エドムンド・グールディング
出演 : コンスタンチン・ベネット、ジョーン・クロフォード、サリー・ニール
1929年6月日本劇場公開

「初陣ハリー」
原題/Tramp, Tramp, Tramp
1926年/アメリカ
監督 : ハリー・エドワード、フランク・キャプラ
出演 : ハリー・ロングドン、ジョーン・クロフォード
日本劇場公開年不明

「踊る英雄」
原題/The Boob
1926年/アメリカ
監督 : ウィリアム・A・ウェルマン
出演 : ガードルード・オムステッド、ジョージ・K・アーサー、ジョーン・クロフォード
1928年6月日本劇場公開

「巴里」
原題/Paris
1926年/アメリカ
監督 : エドムンド・グールディング
出演 : チャールス・レイ、ジョーン・クロフォード
日本劇場公開年不明

「荒野の勝利者」
原題/Winners of the Wilderness
1927年/アメリカ
監督 : W・S・ヴァンダイク
出演 : ティム・マッコイ、ジョーン・クロフォード
日本劇場公開年不明

「タクシーダンサー(原題)」
原題/Taxi Dancer
1927年/アメリカ
監督 : ハリー・F・ミラード
出演 : ジョーン・クロフォード、オーウェン・ムーア
日本劇場公開年不明

「知られぬ人」
原題/The Unknown
1927年/アメリカ
監督 : トッド・ブラウニング
出演 : ロン・チェイニー、ジョーン・クロフォード、ノーマン・ケリー
1929年3月日本劇場公開

「密入国者の恋」
原題/Twelve Miles Out
1927年/アメリカ
監督 : ジャック・コンウェイ
出演 : ジョン・ギルバート、ジョーン・クロフォード
1928年8月日本劇場公開

「スプリング・フィーバー(原題)」
原題/Spring Fever
1927年/アメリカ
監督 : エドワード・セドウィック
出演 : ウィリアム・ヘインズ、ジョーン・クロフォード
日本劇場未公開

「ウエスト・ポイント(原題)」
原題/West Point
1928年/アメリカ
監督 : エドワード・セドウィック
出演 : ウィリアム・ヘインズ、ジョーン・クロフォード
日本劇場未公開

「ザ・ロウ・オブ・ザ・レンジ(原題)」
原題/The Law of the Range
1928年/アメリカ
監督 : ウィリアム.ナイ
出演 : ティム・マッコイ、ジョーン・クロフォード
日本劇場公開年不明

「シンガポール」
原題/Across to Singapore
1928年/アメリカ
監督 : ウィリアム.ナイ
出演 : ラモン・ノヴァロ、ジョーン・クロフォード
日本劇場公開年不明

「四つの壁」
原題/Four Walls
1928年/アメリカ
監督 : ウィリアム.ナイ
出演 : ジョン・ギルバート、ジョーン・クロフォード
日本劇場公開年不明

「踊る娘達」
原題/Our Dancing Daughters
1928年/アメリカ
監督 : ハリー・ビューモント
出演 : ジョーン・クロフォード、アニタ・ペイジ、ジョン・マック・ブラウン
1930年4月日本劇場公開

「ザ・ドューク・ステップス・アウト(原題)」
原題/The Duke Steps Out
1929年/アメリカ
監督 : ジェームス・クルーズ
出演 : ウィリアム・ヘインズ、ジョーン・クロフォード
日本劇場公開年不明

「アワ・モダン・メイデンス(原題)」
原題/Our Modern Maidens
1929年/アメリカ
監督 : モンタ・ベル
出演 : ジョーン・クロフォード、ダグラス・フェアバンクス・ジュニア、アニタ・ペイジ、ロッド・ラ・ロック
日本劇場公開年不明

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