2016/09/22

ミステリー仕立てのB級メロドラマで”ドラマ・クィーン”の本領発揮!・・・ジョーン・クロフォードの迷走と貫禄の円熟期の”おキャンプ映画”~「フィーメール・オン・ザ・ビーチ(原題)/Female on the Beach」


ハリウッド映画界で主演し続けるというのは、容易いことではありません。殆どの俳優は全盛期を過ぎると脇役にまわったり、テレビに活躍の場に移っていくことが多かったりします。

現在でも、男優は50代、60代にもなっても、20代、30代の女優が相手役になって主役(リーディング・マン)を演じることがありますが、女優の場合、年齢を重ねると主演作品というのは激減していくいくものです。

1930年代から1980年代まで活動していたキャサリーン・ヘップバーンやベティ・デイヴィスは、各年代に渡って主演作品はありますが、全盛期を過ぎてからの出演作は激減します。近年で、いくつもの年代に渡って、継続的に主演作品がある女優って、メリル・ストリープぐらいでしょうか・・・。

ジョーン・クロフォードは、サイレント映画時代全盛期の1920年代半ばからアメリカンニューシネマの生まれる1960年代末期まで、5つの年代に渡ってハリウッドで作品が途切れるこのない”主演女優=スター女優”であります。それも、各年代ごと、自分自身の人生を反映させるて、生まれかわるかのようにイメージの再生を繰り返しているのです。

映画会社の専属スター女優として活動してきたジョーン・クロフォードも、スタジオシステムが崩壊した1950年代になると、企画ごとに制作会社を移り渡るようになっています。スター女優としての集客力が失われていく中、あくまでも主演にこだわり、監督や共演者までにも口を出すジョーン・クロフォードの活動できる場は、一流の監督、スタッフ、共演者の作品ではなく、必然的にB級作品になっていくのです。

ジョーン・クロフォードという女優にとって、1950年代は低迷期とも迷走期ともいえる年代ではありますが・・・””貫禄”の円熟期であったとも思えるのです。演技派女優としても目覚めた(?)1940年代は、社会の逆行に立ち向かっていく女性を演じることが多かったジョーン・クロフォードですが、1950年代になると、社会的に地位のある強い女性を演じるようになります。


1955年に公開された「フィーメール・オン・ザ・ビーチ/Female on the Beach(原題)」は、フィルム・ノアール的な陰影を強い画面や構図が、いかにもミステリー風のB級メロドラマ映画です。直訳すれば「浜辺の女」とでもいう邦題になのですが、女を一般的な「Woman」ではなく生物学的な「Female」としたところが本作の”ミソ”であります。


相手役を演じるジェフ・チャンドラー(当時はセクシー男優として人気)はジョーン・クロフォードの指定によるものだったそうですが(クラーク・ゲーブルの二番煎じのそっくりさん?)・・・ワンランク下の男優であることは否めません。


映画の冒頭、あるオールドミスの女性(ジュディス・エヴィリン)が、ビーチハウスのバルコニーから転落して亡くなります。その翌日、このビーチハウスを所有していた男性の未亡人のリン(ジョーン・クロフォード)が、この家を売却するために訪れるのです。


転落事故なのか、自殺なのか、殺人事件なのかは分からないまま物語は進行していくのですが、ビーチハウスを管理してきた不動産屋の女性・エイミー(ジャン・スターリング)は、転落死のことはリンには話をしません。しかし、バルコニーの手すりは壊れたままだし、刑事(チャールス・ドゥレイク)が捜査をしていているので、すぐにリンの知るところとなります。


このビーチハウスの隣には、オズグッド(セシル・キャラウェイ)とクィニー(ナタリー・シェイファー)というソレンソン夫妻と、彼らの甥っ子と名乗るドラモンド(ジェフ・チャンドラー)が住んでいます。


ドラモンドは、勝手に自分のボートをリンのビーチハウスのドックに置いていたり、家に勝手に出入りしたりしていたようなのです。自信過剰なジゴロ体質のドラモンドを、当初は嫌悪するリンだったのですが、彼の性的魅力に徐々に心を開いていってしまいます。


熟女が年下男との恋に落ちるという話は、この頃(1950年代~60年代)に流行っていた(?)ようで、結構ありがちではあります。全編に繰り返し流れる音楽は、1951年の映画版「欲望という名の電車」の音楽とそっくり・・・ただし、ブランチのような繊細な精神を持ち合わせた女性とは違って、リンは酸いも甘いも知っているタフな女なのですが・・・。それでも、独り身の淋しさをシミジミと感じるリンの心の弱みにつけこむように、誘惑してくるドラモンド・・・次第にリンもドラモンドを受け入れていきます。


実は、不動産屋のエイミーとドラモンドは、過去に肉体関係をもったことがあったようで・・・エイミーはドラモンドのことを愛しているようなのです。しかし、ドラモンドは女性という存在を根っから信用しておらず、エイミーを冷たく突き放します。


ドラモンドにすっかり心を奪われ始めたリンは、ソレンソン夫妻からの夕食とポーカーの誘いにもひとつ返事で応じます。ただ、その直後、偶然に暖炉のレンガの壁に隠されていたオールド・ミスの日記を発見してしまいます。


そこには、彼女がドラモンドに恋に堕ちていくと同時に、ソレンソン夫妻との賭けポーカーで大金を巻き上げられたり、繰り返し借金に応じていたこと・・・そして、ビーチハウスの賃貸契約が終わりが近づくと、ドラモンドから冷たくあしらわれるようになり、自暴自棄になっていく経緯が書かれていたのです。


ドラモンドとソレンソン夫妻の正体を知りつつも、まったく動じる様子がないのは、いかにもジョーン・クロフォードらしい強気な女性像であります。実は、リンはラスベガスの元ダンサーで、元夫はカジノを経営をしていたプロのギャンブラー・・・ソレンソン夫妻のいかさまポーカーの手口ぐらいは、とっくにお見通しだったのです。


自分に近づいたのは金だけが目的だと問い詰めるリンを、ドラモンドは強引に抱きしめ・・・二人は肉体関係をもってしまいます。1950年代の映画なので、性行為の直接的な表現はありませんが、いかにも当時らしい「女は無理矢理にでも抱いてしまえば、その気になるもの」という典型的な展開と言えるでしょう。


肉体的に結ばれたことで、リンとドラモンドの立場は逆転します。何故か、その夜からドラモンドは、リンの家に訪れることも電話もしてこなくなるのですが、これはソレンソン夫妻の入れ知恵・・・ドラモンドへの恋心を募らせるための作戦なのです。隣から聞こえてくるドラモンドの楽しげな笑い声にリンは、ますます独り身の淋しさを痛感して、酒に溺れていってしまいます。


飲んだくれ状態になったリンの元に不動産屋のエイミーが訪れて、ビーチハウスの購入したいという客から送られてきた手付金の手渡そうとした時・・・見計らったように、ドラモンドから「今すぐ会いたい」と電話がかかってくるのです。一瞬にして元気を取り戻すリン・・・「もう、この家は売る気はない」とエイミーに言い渡します。


ここから本作のネタバレを含みます。


改めて、お互いの今までの境遇を話し合い、ドラモンドとリンはお互いの愛を確かめ合います。貧しい子供時代を過ごしたリンは、金目的で亡くなった夫と結婚したことを語り、ドラモンドは自分の首の傷は、母親が無理心中しようとした時にできたものだと告白・・・似た者同士であるドラモンドとリンは、早々に結婚することを決めてしまうのです。


二人の結婚に憤りを感じるのは、ドラモンドを介して熟女からお金を巻き上げるのを生業としてきたソレンソン夫妻であります。結婚後も、資金援助をねだるソレンソン夫妻を、さっぱりきと切り捨てるドラモンド・・・夫妻も、すぐさま後釜となる若い男を調達しますが、ドラモンドに夢中のリンが見向きをするはずはありません。


また、ドラモンドを愛している不動産屋のエイミーは、リンの結婚式を妨害すると脅しますが、ドラモンドの愛を勝ち取った勝者であるリンにとって、負け犬のエイミーを鼻であしらいます。


結婚式を終えたドラモンドとリンは、新婚旅行を兼ねた航海に出発しようとしています。荷物を積むためにボートに乗り込んだリンは、壊れた燃料ポンプが取り付けられていることに気付くのです。壊れたポンプが破裂して、もしかすると航海中に遭難してしまう恐れもあるというのに・・・。


リンは、ドラモンドが自分を事故に見せかけて殺そうとしていると確信します。慌てて家に戻り、警察に電話をしますが、担当の刑事は不在・・・リンはドラモンドを殴り倒し(受話器で一発!)浜辺へ向かって逃げるのです。しかし、すぐにドラモンドに見つかりそうになり、決死の思いでリンは海の中へ入って、身を隠します。

その様子を眺めていたのは、誰あろうエイミーです。リンを追ってきたドラモンドに、リンは自ら海に入って溺れて死んだと伝えます。そして、オールド・ミスが転落死するように、バルコニーに細工したのも自分であると告白するのです。その場に、隠れていた刑事たちに会話は聞かれていて、あっさりエイミーは逮捕されます。


なんとか海から出て家に逃げ戻ったリンを、再び追いかけきたドラモンドは、真実の愛を証明するかのように、リンを強く抱きしめます。全てがエイミーの策略だったことを知り、歓喜の笑顔に涙するリンのアップで映画は終わります。

本作の物語が、リンのビーチハウス周辺だけで進行するのは、原作が舞台劇の「The Besieged Heart」だからのようです。原作戯曲を書いたロバート・ヒルも映画版の脚本に関わっていて、あからさまな”決め台詞”の多さにも納得です。


二人が出会った朝、勝手にリンの家に入り込んで、コーヒを作っていたドラモンドが「How would you like your coffee?/コーヒーはどう飲む?(ミルク入りか、砂糖入りか?)」と尋ねると、リンが一言「Alone./ひとりで」と冷たくあしらったり・・・。


ジゴロっぷりを暴露したドラモンドに対してリンが「I wish I could afford you./あなたを囲えれば良いのにね」とささやくと、すかさずにドラモンドが「Why don't you save your pennies./じゃあ1円玉から貯めれば?」と返したり・・・。


陳腐な言葉で熟女をその気にさせてきたドラモンドに詰め寄るリンは「I wouldn't have you if you were hung with diamonds- upside down!/ダイアモンドで逆さ吊りにされていても、あなたなんかいらない!」と罵倒したり・・・。

陳腐過ぎて”逆に”素晴らしい台詞センスが堪りません!「最低の演技」「最悪の脚本」などと酷評する評論家もいる本作でありますが・・・ナルシスト演技に開眼したジョーン・クロフォードの”ドラマ・クィーン”っぷりが全編に炸裂!・・・トレードマークの太い眉と独特の唇のメイクアップと相まって、ヒロイン役なのに悪者(バットマンのジョーカーみたい!?)にさえ見てしまうほどの強烈な”目力”を発揮しています。

本作は、何故か日本では劇場未公開で、メディア化をおろか、テレビ放映さえもされていないという・・・なんとも残念な”おキャンプ映画”の傑作なのです。ぜひ、TSUTAYAの発掘良品あたりで、国内初のDVD化して欲しいものであります。


「フィーメール・オン・ザ・ビーチ(原題)」
原題/Female on the Beach
1955年/アメリカ
監督 : ジョゼフ・ペヴニー
原作 : ロバート・ヒル
出演 : ジョーン・クロフォード、ジェフ・チャンドラー、ジャン・スターリング、セシル・キャラウェイ、ナタリー・シェイファー、ジュディス・エヴィリン、チャールス・ドゥレイク
日本未公開



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